巻島くんと付き合うことになってから、毎日浮かれているのが自分でもわかる。友達にもからかわれるし、暇さえあればぼんやりと告白されたときのことを思い出してしまっていた。

 今日は委員会があるから、終わったあとに2人で帰ろうという約束をしている。巻島くんはいつも「いつ部活や自主練が終わるかわからないし悪いから、さきに帰っていてほしい」と言っていた。その気持ちはわかるし、巻島くんも部活の子と帰りたいんだと思って頷いていた。だけど今日は委員会があるから一緒に帰れるのだ。委員会ばんざい!
 浮かれた気持ちで、自転車部の部室のほうへ歩いていく。すこし離れたところで様子を見て、部活が終わっているようだったらメールをしよう。

 裏門のほうから部室へ行く道は、巻島くんが彼女と話していると勘違いした場所だ。誤解だとわかったし本人からも違うと否定されたけど、あのときの気持ちがこびりついてどうしてもいい気持ちで通れない。
 俯きつつ早足で歩いていると、前から自転車部のジャージを着ている人が来るのが見えた。



「金城くん。部活お疲れ様」
「ああ、苗字か。ありがとう」



 金城くんとは、一年のとき同じクラスだった。人あたりがよく勉強もよく出来たから、人気者だったのを覚えている。
 まだ私の名前を覚えていてくれるところが金城くんの良さだ。もう部活が終わったのか、金城君は首にかけたタオルで汗をぬぐって立ち止まった。まさか立ち止まるとは思わず、とりあえず私も止まる。



「巻島とは仲直りしたのか?」
「えっ」
「すこし前だが、ふたりで廊下を走っていただろう。翌日から巻島の機嫌がいいから仲直りしたとは思っていたが」
「あっハイ……オカゲサマで……」
「立ち入ったことを聞いてすまない。だが、うまくいっているなら良かった」



 とんちんかんな返答をしてしまった私を笑うことなく、金城くんは満足そうに頷いた。
 まさか金城くんに見られているなんて思わなかった。たしかに走ったけど、金城くんのいるクラスの前を走ったかもしれないけど、面と向かって言われると恥ずかしさが半端ない。
 赤くなって照れる私を見て金城くんは優しく笑ったあと、歩いて行ってしまった。それを頬の熱さを冷ましながら見ていると、足音が聞こえた。



「あっ、巻島くん」



 ジャージ姿の巻島くんは、なにも言わずに私を見ていた。ちらっと金城くんを見たあとにまた私を見ても、まだ口を開く気配はない。なんだか機嫌が悪そうだ。



「金城くん、私と巻島くんが廊下を走ったの見てたんだって」
「ゲッ」
「仲直りできてよかったなって。見られてるなんて思わなかったから、恥ずかしいよね」
「……そうだな」



 巻島くんはようやく笑顔を見せてくれて、着替えてくるからすこし待つように言った。
 頷いて巻島くんを見送ってから部室に近いところで待っていようと歩き出すと、今度は大柄な人が歩いてきた。あれは巻島くんの話にたまに出てくる、田所くんという人じゃないだろうか。



「おっ、苗字か?」
「あ、うん……田所くん、だよね?」
「おう! 巻島と付き合ってんだろ? よかったな」
「あっ、うん、なんで知って……」
「あれだけのことしといて、なんでとはな。学年中知ってるんじゃねえか?」
「えっ!? あれだけって、もしかして……」
「巻島が苗字の教室に行って苗字は泣きながら逃げて巻島はそれを追いかけて、ふたりして手をつないで戻ってきたって」



 恥ずかしくて顔が上げられない。
 真っ赤になっている私を見て、田所くんは豪快に笑った。背中をばしばし叩かれて、巻島くんの言うとおり元気な人だということがよくわかる。



「巻島は変わってるけどよ、根性はあるぜ」
「そうだね、すこし変わってるかも。でも変わってる巻島くんを好きな私も、きっと変わり者だよ」



 田所くんはすこし驚いたような顔をして、それからガッハッハと笑って去っていってしまった。嵐のような人だった。

 ぽかんと見送っていると、うしろから巻島くんに声をかけられた。早くも着替え終わったらしい。
 驚いて慌てて振り返って、並んで歩き始める。巻島くんはまたすこし不機嫌だったから、いまさっきの田所くんとの会話を再現した。学年中知っていると聞いて、巻島くんは頭を抱える。そうなるよね。



「ご、ごめんね、私が逃げたせいで……」
「苗字のせいじゃないショ。隠すことでもないし、気にすんな」
「……ありがとう」



 巻島くんは変わっているかもしれないけど、とっても優しい。
 嬉しくなってにこにこ笑っていると、うしろから大きな関西弁が聞こえてきた。関西弁なんてテレビのなかでしか聞いたことがない。



「あれ巻島さんの彼女なん! 彼女いるんか!?」
「なっ鳴子くん落ち着いて……!」
「うるさい」
「巻島くん、あれって……」
「……うちの一年。無視するっショ」



 ため息をつきながら言う巻島くんにならって無視をしたいが、彼女と連呼されて無視できる人間でもない。後ろを振り向いたらもっとうるさくなりそうだからしないけど、巻島くんはうんざりというように歩いていた。



「ど、どうしよう……私の後ろ姿、見られてるよね。巻島くんは手足が長くて細いけど、私の脚はずどーんってしてるよ! ずどーんって!」
「ふはっ」



 横から吹き出すような声が聞こえてきて、巻島くんを見る。そこにはお腹を抱えて笑っている巻島くんがいて、思わず口を開けて見入ってしまった。巻島くんがこんなに笑うところ、はじめて見た。



「ずどーんって、クハッ、そりゃ、言い過ぎッショ」
「だって……ずどーん」
「クハッ!」



 何がツボにハマったのか、巻島くんは笑い転げている。涙目になってまで笑う巻島くんが珍しくて嬉しくて、思わず私まで笑ってしまった。



「苗字って面白いショ」
「ありがと。巻島くんはかっこいいよ」
「……っショ」



 照れた巻島くんはすこし可愛い。こうして少しずついろんな巻島くんを知って、一緒に思い出を作っていくかと思うと、彼女という立場がより大切なものに思えてくる。
 ようやく落ち着いた巻島くんにもう一度「ずどーん」というとまた吹き出したから、しばらくはこれで巻島くんを笑わせようと思う。







金城「巻島が嬉しそうで何よりだ」
手嶋「初めて巻島さんが人に髪を触らせるのを見た」
坂道「あんなに笑う巻島さん、初めて見たなあ」


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