変人だとか変わり者だとか、そんなふうに言われるのは慣れている。だけど一年ごとにこの空気を味わわなければいけないかと思うと、げんなりした。
 二年生になったばかりのオレ達は、校舎や生活には慣れてきたけど新しいクラスには馴染めていない。髪の色などで遠巻きにひそひそ言われるのがほとんどだが、面と向かって「すげえ色」だとか「染めてるの?」だとか聞いてくる奴もいたりする。どっちにしろ一ヶ月もすればなくなるから放っているけど、視線とひそひそ話されるのには本当にうんざりだった。

 そんななか、席替えでとなりになったのが苗字だった。オレが窓際でとなりが苗字だから、ペアなどを組まされるときは必然と苗字と組むことになるだろう。
 目立つほうではなかったが、ひそひそ話の輪のなかに入っていなかった苗字は、はじめてオレに気付いたように目を丸くした。



「巻島くんがとなりなんだね。これからよろしくね」
「っショ」
「巻島くんの髪、すごく綺麗だね! お日様にあたってきらきらしてる」



 そんなことを言われたのは初めてで、思考が停止した。日にあたってきらきらしてる? 苗字じゃなくて、オレの髪が?
 驚くオレを見て、苗字が慌てたように話し始めた。気を悪くしたと思ったらしい。



「私の髪は真っ黒だし傷んでて……巻島くんはサラツヤって感じで、あの、ごめんね」
「……謝ることはないっショ」



 それで会話は終わったけど、それからも苗字はたまに話しかけてくるようになった。授業中に問題を当てられそうなときはこっそり答え合わせをしたし、反対にオレがぼーっとしてるときのノートを写させてもらったり。
 苗字が真っ黒で傷んでいると言った髪は、とても綺麗だった。日が当たるたびに輝いて、たまに寝癖がついたまま登校してくるのも可愛かった。

 苗字ととなりの席で過ごした時間は、ほんの少しのように感じた。席替えの日、また苗字ととなりになるように祈ってみたけど、遠い場所になった。やっぱ神頼みなんてするもんじゃない。
 それでも苗字とは教室に入ったときに目が合えば挨拶をしたし、班で一緒になったときなんかは笑いかけてくれた。
 ほんとうに小さな、淡い感情が大きく濃いものになるのに、半年ほどかかった。最初以降、苗字とは近くになることはあってもとなりの席になることはなかった。それがもどかしくて何かする勇気もなくて、たまに苗字と話すだけで満足するようにした。本当は満足なんかしてないくせに。



「巻島くん」



 苗字に呼ばれて、意識がハッと今に戻る。一緒にいるのに一年も前のことを思い出すなんて、どうかしてる。
 となりを歩く苗字は心配そうに見上げてきていて、自然と笑みが漏れた。下から見上げてくるっつー行為だけでこんなに上機嫌になれるなんて、オレは思ったよりやられてるらしい。



「あのね、いきなりなんだけど」



 苗字がかばんの中から取り出したのは、綺麗にラッピングした、いかにもプレゼントという見かけのものだった。小ぶりのそれはピンクと黄色の薄紙とリボンで構成されている。
 渡されてとりあえず開けてみると、ふわっとチョコレートの香りが漂った。……トリュフだ。小ぶりのトリュフが、5つほど入っている。



「じ、じつは二年のバレンタインのとき、巻島くんに渡そうと思って作ってたの」
「……これ、バレンタインの?」
「昨日作り直したやつだよ! 昨日冷蔵庫みたらちょうど材料が揃ってて……去年渡せなかったことを思い出しちゃって」



 もじもじしながら、苗字が視線をそらした。
 やべえ。なんショこれ。



「思いつきで作ったし、巻島くんがチョコ好きかもわかんないし、そもそも手作りって好きじゃなさそうだし。──受け取ってもらえただけで大満足。去年の私のぶんまで嬉しい。あとは私が食べるよ」



 やばい。



「巻島くん?」



 すげえ可愛い。
 慌てながら名前を呼んでくる苗字の前で、チョコをつまんで口に入れる。かなり甘さ控えめで作ったらしいトリュフは、チョコレートの香りと独特の喉の渇きを残していった。



「うまいっショ」
「ほ……ほんと?」
「ああ。二年のオレは残念だな、これが食べられなくて」



 あとは家でゆっくり食べると言って、チョコをかばんのなかにしまう。彼女からの初プレゼントを一気に食べてしまうのはもったいない。
 苗字はほっとしたように笑って、去年のバレンタインのことを話し始めた。渡せないまま放課後になってしまって、すぐに部活に行ったオレを追いかけられなかったこと。そのあとすごく落ち込んで泣いたこと。これらを笑顔で話せるいまの関係が、どれほど大切だと思っているか伝わってくる。



「ホワイトデーのお返し、考えとけヨ」
「いっいらないよ!」
「じゃあ勝手に送る」
「えっと、じゃあ……また一緒に帰りたい、かな」
「……もっとわがまま言うっショ」
「えっ? ええー。わがまま言っていいなら……手をつなぎたいな」



 オレの目はどうにかなっちまったのか? 苗字が可愛すぎて眩しい。
 照れる苗字の手を握ると、ちいさくて柔らかかった。あー駄目だ。可愛い。


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