ライナーが前のように話してくれるのは、すごく嬉しい。まだ少しぎこちなくて、たまに沈黙に支配されてしまうけど、睨まれて冷たくされていた頃と比べたら夢のようだ。
 マルコと明日の準備をしたあと、ふたりで食堂へと向かう。今日の夕ごはんは何かな。できたら焼いた芋があるといいんだけど。スキップでもしそうな私を見て、マルコがふんわりと微笑んだ。



「ライナー?」
「えっ、うん。マルコ、どうしてわかったの?」
「そりゃ、わかるよ。ライナーと普通に話せるようになってよかったね」
「ありがとうマルコ」



 マルコは優しいから、私が悩んでるとき、自分のことのように一緒に傷ついたり考えたりしてくれていた。ライナーに冷たくされたあとにマルコに慰めてもらったことは、たくさんある。
 今日だって、ライナーに嫌われていないか考え込む私を、気分転換に連れ出してくれた。その優しさに感謝しながら、マルコがどこかいたずらっぽく笑うのを見る。



「ライナーに、今日の夕食を一緒に食べてもいいか聞いてみたら? 明日になったら昼食を誘って、できたら夕食も。一緒に食べることが普通になったら、訓練だって一緒に受ける回数が増える。そうしたらもう、嫌われてるだなんて考えることが少なくなって、胸をはって友達だと言えると思うよ」
「……うん。もし断られたら、マルコに泣きつくね」
「そんなことはないよ」



 マルコとアルミンが、同じようなことを言う。頭のいい人同士、考えていることは一緒なのかもしれない。
 いまから夕食の時間だ。勇気をだしてライナーのとなりに座ってみようと拳を握り締めると、マルコがまた優しく笑った。



・・・



 マルコの言ったとおり、ライナーは嫌な顔もせず私を隣に座らせてくれた。私の横にはベルトルトがいて、ふたりに挟まれるのが定位置になりつつある。前にはアニが座っていて、時折窺うように私たちを見ていた。
 スープをすすりながら、おだやかに食事をすすめるライナーと、やわらかな会話をする。なんて幸せなんだろう。



「名前は料理ができるのか。そういえば、食事当番のときの皮むきも慣れていたな」
「お母さんが料理が下手で……生きるか死ぬかの問題だったから、死ぬ気でとなりのおばさんに習ったんだ」
「そんなに下手なのか?」
「だってお母さん、芋のスープを作るって言って……できたのは緑色の謎の液体だったの。体にいいからってそこらへんの草入れて、芋に形が似てるからって果物入れて……とっても……まずかった」



 あの味を思い出すだけで、食事ができなくなる。スプーンを置いて口を押える私の背中を、ライナーがなでてくれた。
 お母さんの料理を頭から追い出して笑う。せっかくの食事がまずくなっちゃいけないもんね。



「どうせなら、俺も名前の料理を食べてみたいがな」
「食事当番のとき食べてるよ?」
「そうじゃなくて、俺のために作ってくれたものを。俺の家で」
「じゃあ、今度作るね! ライナーはなにを食べ……」



 言葉は途中で消える。
 ──この会話は、あのときのものにそっくりじゃないか? ライナーが冷たくなる原因となった、私からのプロポーズに聞こえる会話。

 かたまる私を、ライナーが不思議そうに覗き込んできた。慌てて口を開いて、またライナーが冷たくなってしまう前に弁解をはじめる。



「ご、ごめん、そんなつもりじゃなくて! あの、前のときもごめんね。私がライナーの家で食事を作って待ってるって、他意はなくて、その、純粋にいまの延長というか、私のなかではベルトルトも一緒にいる予定で」
「──他意があっても、よかったんだが」



 息を呑む。ライナーの伏せたまつげが目を隠して、とても悲しそうな顔をしていたから。
 いまの発言を嫌がっている素振りは見られず、おそるおそる尋ねる。



「……嫌じゃ、なかったの? 次の日から冷たくなったのに?」
「嫌なわけがない! 嬉しかったんだ……どうしようもなく。どういう意味で言ったのか考え込んでいるうちに時間はすぎて、もしかしたらもう忘れてしまったかと悩んで……でも、よかった。名前はあの日からずっと同じ気持ちでいてくれたんだな」



 ライナーの顔が輝き、椅子から立ち上がる。そのまま床に片膝をつけて、騎士のようにうやうやしく私を見上げた。そうっと宝物を扱うように右手をとられて、ライナーと視線が絡み合う。



「──名前。一緒に故郷へ帰って、結婚しよう。名前だけを一生愛すと誓う」



 頭が、くらりとした。この一連の流れは、ちっぽけな脳みそで咀嚼できる範囲をこえすぎている。

 パニックを通り越しすぎて冷静になるという体験をはじめてした。嬉しすぎると喜ぶよりさきに泣くように、怒りすぎると怒鳴るよりさきに笑うように。
 口から出た声は、自分でも驚くほど冷静だった。



「まだ付き合ってもいないし、すこし落ち着こう?」
「──そうだな。名前は順序を重んじる性格だったな。わかった、結婚を前提に付き合おう」



 ライナーの、思ったより柔らかなくちびるが手の甲にふれる。
 ──どうしてそういう結論になった。疑問を口に出す余裕はない。ただ真っ白な景色のなか、嬉しそうなライナーだけが浮かんでは消える。
 ……そうだ、明日はとっておきのジャムを開けて、パンにつけて食べよう。そうしよう。



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