「ねえアルミン、ジャンってライナーと仲悪いの?」



 アルミンが距離をとりながら、私を捕縛する隙を窺う。対人格闘でもアルミンは真面目だけど、私はすこし手を抜くほうだ。それでもアルミンと私はなかなかにいい勝負をするので、こうしてよくペアを組む。
 アルミンは素早くまわりを見回して、ふっと力を抜いた。珍しくすこしサボるらしい。



「どうしてそんなことを思うの?」
「このあいだの座学のときもそうだったけど、なんだかライナーが来るとジャンがいなくなる気がして」
「逆だと思うな」
「逆? ……あっ私を嫌いなの? そういえば前も近付くなって……」
「そうじゃなくて」



 アルミンが慌てて否定するのを、すこし水のたまった視界のなかで聞いた。
 アルミンは嘘は言わない。優しく見えてどんな残酷な真実でも隠さずに言ったりするから、彼はなかなか大物だ。言っていいことと悪いことをきちんとわかっている。



「つまりは、どう言ったらいいのかな……ライナーと名前が仲良くなるように、気を遣ってるんじゃないかな」
「あのジャンが?」
「言いたいことはわかるけど」



 アルミンが苦笑して、ちらっと視線を横にやった。
 そこにはエレンと組んでいるライナーがいて、金色のひとみはまっすぐエレンに向けられていた。油断したり目を離すと、エレンに放り投げられるからだろう。



「ミカサのこととか、いろいろあるんだと思うよ。ジャンはああ見えて、どんな場面でも適切な行動をとることができる」
「私とライナーが仲良くなることが、適切な行動?」
「ある場合においてはね。僕だって、心配してるんだよ。ふたりのこと」



 アルミンにまでそう言われてしまっては、これ以上言うことは出来ない。
 誰にでも厳しくも優しくあるライナーが、ただ単に冷たいという態度をとるのは私だけで、それは104期生が全員知っていることでもある。だからみんな気を遣うし、はげましてくれたりする。



「ねえアルミン。アルミンなら嘘をつかないで、状況を的確に言ってくれると思うから聞くけど……ライナーって私のこと、まだ嫌い、なのかな」
「なにを言ってるんだい」



 アルミンの青い綺麗な目が見開かれて、じわっと涙が浮かんだ。心底なにを聞いているのかという声に、恥ずかしくなって下を向く。
 ほんのすこしだけライナーに普通に話してもらえるようになったからって、なにを自惚れてるんだって思われてるに違いない。



「名前はライナーに嫌われてないよ。これは絶対だ」
「……うそ」
「嘘じゃない。名前にだけ冷たかったのも、ずっと見てたのも、ぜんぶ裏返しじゃないか。いいかい名前、君はもっと自信を持つべきだ。ライナーは名前を嫌っていない」
「最近はふつうに話してくれるようになったけど、でも……」
「いいから、笑ってランチにでも誘ってみなよ。嫌なら断られるだろう? そんなことはないから、安心して」



 アルミンの笑顔に、さっき我慢していた涙がでそうになってしまった。アルミンの言葉を信じるとすれば、それはなんて素敵なことなんだろう。



「お昼ご飯、誘ってみる。もし断られたら慰めてね」
「もちろん。でも、そんなことはないと断言するよ」


 
アルミンはお茶目に笑ってから、ふっと真面目な顔になって構えた。対人格闘を再開するらしい。
 私も木でできたナイフを握ってから、隙をうかがいつつ足払いをかけた。躱されたのは想定内、バランスを崩したところにナイフを繰り出す。



「甘いよ! 今日は僕の勝ちだね」
「ったあ、負けたちゃったか」



 バランスを崩したのはわざと隙を見せるためだったと気付いたのは、地面に仰向けに倒されたあとだった。ナイフは取られて、軽い足払いで地面がベッドに早変わりだ。
 こんなふうに倒したのは、アルミンが優しいからだ。どこも痛くない上半身をおこすと、横にエレンが飛んできた。すこし離れたところにいたはずなのに、エレンが飛んでくるとは、これいかに。
 驚いてエレンを見つめるしかできない私の前で、エレンはお尻をさすりながら、痛えとつぶやいた。お尻が痛いくらいで済んで、よかったと思う。
 エレンに大丈夫かと声をかける前に、すこし慌てた声で名前を呼ばれた。ライナーが駆け寄ってくる。



「大丈夫か? 怪我は?」
「ライナー……私は大丈夫だけど、エレンが……」
「エレンなら大丈夫だ。手加減をした」



 手加減をするとかそういう次元の話なのかと思ったけど、横を見るとエレンがすでに起き上がっていたから、そういうものだと思うことにした。
 いまはエレンよりライナーのことを考えるべきだ。だってライナーが心配そうに大丈夫かって聞いてくれながら、手を差し伸べてくれているんだもの。



「私は、大丈夫。アルミンが優しくてしてくれて、どこも痛くないから」
「そうか……」



 ほっとしたように少し笑う、その顔から目が離せなくなる。笑いかけてくれるなんて、本当にいつぶりだろう。久しぶりすぎて胸の奥からなにかがこみ上げてくるのを、必死に押し戻した。
 私のために伸ばされている手を、そうっと握る。力強く立たせてくれる手は、紛れもなくライナーのものだ。



「ライナー、あの……もしよければ、このあとお昼ご飯を一緒に食べない? 嫌だったらいいんだけど」
「……っ」
「……ライナー?」
「食べる、から、このあとは俺とペアになってくれ。これ以上名前が傷つくのは見ていられない」
「え? 怪我とか、してないけど」
「いいから」



 まだ離していなかった手を引っ張られて、ぐんぐんアルミンとエレンから離れていく。なんとかうしろを振り返ると、アルミンが笑顔で手を振っていた。
 怒ってはいないことに胸を撫で下ろしてから、今度はつながれている手をどうするか考えることにした。嫌われてないって、都合のいいことを信じたくなっちゃうから。



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