「よ、よお名前! ちょっといいか」
「ジャン! よかった、私も話したいと思ってたの」



 座学の教室の前で待っていたジャンは、どこかぎこちない笑顔で私を呼んだ。一緒にいたサシャに先に行くように告げてから走りよると、ジャンがわずかに引いた。そうだ、あんまり近いとミカサに誤解されちゃうんだった。



「このあいだは本当にありがとう。ミカサの誤解もちゃんとといておくから」
「それは助かる」



 ほっとしたように肩の力を抜いたジャンが、慌てて首をふる。それから唸りながら、何かを必死に考えているように頭を抱えた。なにか悩みでもあるのだろうか。もしくは頭が痛いとか。
 そっとおでこに手を当てると、思ったほど熱くはなかった。熱はなさそうだ。



「熱はまだないみたいだけど……頭が痛い? 薬飲む?」
「だっ大丈夫だ! それよりも、」
「奇遇だな、ジャン」



 ジャンがびくりと硬直した。久々に見る笑顔のライナーに話しかけようとして、なんとか口を閉じる。ライナーが話しかけたのはジャンで、ジャンが相手だから笑顔なのだ。
 ちくりと痛む胸を押さえて顔をあげると、ジャンがいなかった。



「あれ? ジャンは?」
「先に教室に入ったぞ。それより名前、よければ一緒に座らないか」
「う、うん!」



 思いがけない申し出に心がはずむ。ライナーと一緒に座学を受けられるなんて、今日は運がいいに違いない。
 適当な席に座ると、左にライナー、右にベルトルトが座った。ベルトルトとの距離が近い。にじり寄ってきている。



「あの、ベルトルト? どうしたの?」
「実は僕、右側があいてないと駄目なんだ。死角だしね。だから出来るだけ右になにもない空間を作るようにしてるんだ、ごめんね」
「ううん、それなら仕方ないね」



 ベルトルトが近付いてきたぶん、ライナーに寄っていく。あと20センチ。これ以上は近寄れないのに、ベルトルトはじりじりと距離を縮めてきて、ライナーのほうへ押しやっていく。
 席は空いているのに、狭い空間にみっちりと三人がつまっている。両腕がふたりにふれていて、圧迫感がすごい。



「私、移動しようか? ふたりとも狭くない?」
「大丈夫だ、移動しなくてもいい」
「でも……」



 ライナーはそれ以上なにも言わない。また睨まれたり嫌われるのが怖くて押し黙ると、ベルトルトがこっそりと耳に顔を近づけてきた。
 背の高さがかなり違うので、ベルトルトが精一杯猫背になってくれてもまだ耳に届かない。ちょっと腰を浮かせてベルトルトの口に顔をよせると、ライナーに聞こえないようにひっそりと唇が動いた。耳がくすぐったい。



「これでもライナー、喜んでるんだ。ここにいてあげて?」
「ほ、本当?」
「もちろん。嘘はつかないよ」



 ベルトルトが言うなら嘘ではないのだろうと信じて頷くと、ほうっとした顔をされた。
 続けて声をかけようとした矢先、アニが教室に入ってきて前の席に座った。呆れた顔で、狭い空間にみっちりつまった私たちを見る。アニの視線がライナーに動いた。



「ほかにもっとやり方があっただろうに……馬鹿?」
「……放っておいてくれ」
「別にいいけど。今日、自習らしいよ。さっき聞いた。ま、ほどほどにね」



 アニは私の視線に気付いていたのに、ライナーにだけ話しかけてさっさと前を向いてしまった。べつに助けてほしいわけじゃないけど、ふたりが嫌いなわけじゃないけど、距離がゼロセンチなのは緊張する。
 席を立つタイミングを失ってもぞもぞする私の耳に、座学のはじまりを告げる鐘の音が聞こえた。いつもなら注意される近さも、今日は自習ゆえに注意する人もいない。配られた紙はなかなかの難しさの問題が書いてあって、さらにめまいがしそうになった。



「名前、気をつけろよ。これはおそらく、生徒ひとりひとりがどういう性格なのかを見るものだ。姿を隠しているだけで、教官は確実に俺たちを見ている」
「そうなんだ……じゃあ、頑張って問題とかないと」
「そういうことだ」



 黙々と問題を解きはじめるライナーにならって、紙を睨みつける。難しいけど、習ったことばかりが書いてある。問題は、答えを思い出せるかということだ。

 うんうんと唸りながら問題と格闘して、なんとか鐘がなる10分ほど前に終わらせることができた。これ以上はどう頑張っても点数があがることはない。あとは運任せだ。
 ほうっと一息ついた途端、眠くなってきた。ライナーには嫌われていないし、今日は自習だし、問題は思ったよりとけた。
 かくんかくんと動く頭を何度か振るが、眠気は一向になくならない。何度目かに寝かけたとき、そっと優しく左に引き寄せられた。ほとんど寝ている意識のなか、それはあまりに優しくて、なにかを考える前に眠りに落ちていく。いたわるように頭をなでられて、ふっと幼いころを思い出したような、気がした。



「だから、もっとほかにやり方があるでしょ。寝てるときに優しくしても気付かないよ」
「なあ、アニ」
「なんだい」
「名前はどうしてこんなに愛くるしくて守りたくなるんだろうな」
「知らないよ本当に」



return
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -