「っつーかさあ、あのライナーを見てなんも思わねえわけ?」



 ユミルの質問に首をかしげた拍子に、濡れた髪が首筋に張り付いた。お風呂をあがったばかりで火照る体は、なかなか涼しくならない。女子部屋の開け放たれた窓からは、しんとした夜の風が運ばれてくる。
 ユミルの横のクリスタは純粋に、アニは私の表情を探るように、それぞれ質問の答えを待っている。ライナーとふつうに話せるようになったのは、つい先日のことだ。まだぎこちないけど、少しは前のように話せるようになったと思う。真顔ばかりで、昔みたいに笑ってくれないのは寂しいけど。



「ライナーって優しいよね。私とも仲良くなろうとしてくれるなんて、リーダーって感じ」
「本気で言ってんのか?」
「そりゃ……嫌われてないといいなとは、思うよ」



 さんざん睨まれて冷たくされてきたあとに、すこしだけ話せるようになったからといっても、嫌われていた過去が消えるとは思っていない。事実を口にするのはつらいものだ。
 下を向いて言葉を搾り出すと、ユミルのため息がふってきた。



「あのなあ、じゃあ名前とジャンが話すなって言ったのはどう思ってんだよ」
「それはよくわからないんだけど、ユミルはわかるの?」
「さあな」



 絶対になにか知ってるのに教えてくれないユミルは、この状況を面白がっているみたいだ。クリスタもアニも教えてくれる気はないみたいだし、わかっていないのは私だけじゃないの。
 頬をふくらませて横を向くと、ちょうど部屋に入ってきたミカサと目があった。ミカサ……ミカサか!



「そっか、ミカサか! 私とジャンの変な噂が流れたし、ジャンの片思いが誤解されないようにっていうライナーの配慮なんだ! そうだよね、誤解されたら大変だもんね」



 うんうん、さすがはライナーだ。ひとり納得して頷いていると、今度はアニのため息がふってきた。
 ようやく謎が解けたのに、もしかして間違っていたのかもしれない。アニの薄いピンク色の唇が開く。



「名前ってさあ……恋人いたことないでしょ」
「なっなんで知ってるの!」
「見てればわかる」
「そ、それはまわりに男の子があんまりいなかっただけで……」
「今はたくさんいるでしょ」
「いるけど! それより今はライナーの話でしょ!」
「……初恋もまだだったか」
「ユミルもなんで知ってるの!」



 クリスタだけは可愛らしく微笑んでなにも言わないでいてくれているけど、恥ずかしいものは恥ずかしい。秘密にしていたわけじゃないけど、見ていればわかるだなんて、思っていた以上にひどい自分の有様に絶望しそうだ。



「大丈夫だよ名前。恋する女の子独特の、きらきら光る顔してるもの」
「クリスタ……ありがとう。恋はしてないけどね。いまはライナーで頭がいっぱいだし」
「早く気付けるといいね」



 クリスタは多くを語らず、見守る母親ような笑顔でそれだけ言った。どういう意味か詳しく聞こうと口を開く前に、サシャに呼ばれる。
 声がした方向を向くと、女子部屋の入口にライナーが立っているのが見えた。慌ててはしごをおりてライナーのところへ急ぐ。



「ライナー! どうしたの?」
「廊下に落ちていた。名前のだろう」



 差し出された手には、私のタオルが乗っていた。
 慌てて受け取ってお礼を言って、今度は落とさないようにしっかりと握る。お風呂に入ったあと、部屋に帰ってくるまでに落としてしまったみたいだ。



「本当にありがとうライナー。よく私のだってわかったね。模様もなんにもないのに」
「……偶然……いや」
「ん?」
「実は、ベルトルトは耳がいいんだ。名前がタオルを落とした場面に偶然いて、気付いたんだ」
「そうなんだ! じゃあベルトルトにもお礼を言わないと」



 まだ時間はあるし、忘れないうちにお礼でも言いに行こうかな。
 そう思ったのに、入口にどーんとライナーが立ちふさがっているせいで進めなかった。左右に動いて、それでもそこに立っているライナーを見上げる。どうしたんだろう。



「ベルトルトは名前がタオルを落としたことに気付いていない。なにか音がしたのには気付いたが、気にしなかったんだ。それに気付いた俺が拾った。だからベルトルトに会って礼を言っても、伝わらないだろう。むしろ、タオルに気付かなかったことを謝るやつだ。行くのはやめたほうがいい」
「そうなんだ……あの、ごめんね」



 睨まれていたときのくせで、すぐに謝ってしまう。ライナーはそれに怒りもせず、黙って私のくせを受け入れた。
 ライナーがなにかを言おうと迷っているのが伝わってきて、自然と身構える私の耳に届いたのは、やわらかく低い声だった。



「……おやすみ、名前」
「おやすみなさいライナー。明日もがんばろうね」
「ああ」



 ドアが静かに閉められる。すこしのあいだそこに立ってドアを見つめてから、嬉しさでスキップしながらはしごをのぼる。タオルを落とさないようにしっかりと握って、クリスタに抱きついた。



「見てたクリスタ! おやすみって言っても怒らなかったよ!」
「うん、よかったね」
「で、あれを聞いてもなんも思わねえのかよ」



 ユミルの言葉に、どくんと心臓が跳ねた。ライナーはわざわざタオルを持ってきてくれた。明日でもいいのに、無視してもいいのに、疲れた体でわざわざ。



「すっごく自惚れてるかもしれないけど、自意識過剰かもしれないけど……もしかして私、ライナーに嫌われて、ない?」
「……初恋もまだって、こういうことかよ」



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