私とライナーは、それなりに仲が良かった。私の思い込みかもしれないけど、少なくとも最初の半年くらいはふつうに話してたし、笑ってくれたし、怒ったり睨んだりなんかしていなかった。なにか原因があるはずだ。思い出せないけど。
 ライナーがあんな態度をとる原因が思い出せないことに、またへこむ。きっとすごいことがあったに違いないのに、どうして思い出せないんだ。



「いや……待てよ。たしかある日突然あんな感じになって、それに動揺して……ええと、その前日に確か……」
「なにをぶつぶつ言ってるの」
「アニ。うるさくてごめんね、ちょっと記憶の整理をしてるの」
「へえ」



 アニは興味のなさそうな返事をして、読んでいた本に視線を落とした。たしかにとなりで寝そべって本を読んでいるアニにはうるさかっただろう。
 反省して紙と筆記用具を取り出す。こうなったら思いつくままに書いていって、時系列順に並べるしかない。

 うんうんと唸りながら書いていく私の手元を、気付けばアニが覗き込んでいた。本は閉じられている。



「ライナーのこと?」
「私にだけ冷たいのって、やっぱり理由があるからだと思って。いま思い出してるんだけど、なかなかうまくいかないんだ」
「……ここ。ここで態度が変わらなかった?」



 アニの白い指がさす一点は、とつぜん態度が変わった日のところだった。続けて、前日になにかしていなかったかと尋ねられる。



「……たしか、ジャンとライナーと私で夕食を作ってて……でも、そこで何もなかったと思うんだけど」
「何かあったからこうなってるんでしょ。ジャンに聞けば」
「そっか、そうだね。ありがとうアニ!」



 まだ就寝前だし、ジャンに会って話を聞くくらいの時間は残されている。勢いよく立ち上がってドアへ向かうと、アニもついてきた。意外だ。



「べつに、ちょっと気になるだけ。嫌なら行かない」
「心強いよ。さっきみたいに、気付いたことがあったら教えてね」



 アニがいるなら、ジャンに聞く怖さも薄らぐような気がする。
 男子部屋は女子の出入りが禁止なので、ノックをしてジャンを呼び出した。ライナーが驚いたあとに険しい顔をするのは見ないふりをする。べつに、ライナーの視界に入ろうと思ったわけじゃないもん。

 呼び出されたジャンは迷惑そうな素振りも見せず、あっさりと出てきてくれた。ひとり離れたところで待っているアニのところへ行って、ようやく本題を切り出す。



「んだよ、ふたり揃って。聞きたいことって?」
「ジャンは覚えてないかもしれないけど……ここに来て半年くらいのとき、ライナーと私とジャンで夕食のスープを作っていたの、覚えてる?」
「そんなことあったか?」
「うん。その翌日からライナーが冷たくなって……私、なにかしたのかと」



 じんわりと目に涙が浮かぶ。自分で言ってて悲しくなってきた。どうしてライナーは私を嫌うんだろう。嫌いだと、視界に入れたくないと、はっきり言ってくれればいいのに。
 ジャンはしばらく考え込んでいたけど、なにかを思い出したように顔をあげた。それから言いにくそうに私を見る。



「たしかあの日は、ライナーが故郷に帰りたいって話をしてたんだ」
「うん。帰りたいって言ってた」
「兵士として働いて帰ってメシ食って寝て……でも、誰かがメシ作って待っててくれたら最高だっつー話をしててだな」
「うん」
「あー……それで名前は、他意はなかったんだろうけどよ……私が待っててやるっつったんだ」
「それの何が悪いの?」



 訓練兵の延長みたいで楽しそうだと思うんだけど。休みの人が食事を作って掃除をして水汲みをして、もし全員出勤だったら交代でやる。
 ……あれ?でも確かそのときジャンは憲兵団でいい部屋に住むからパスっていって、その場に3人しかいなかったから、私とライナーの2人で住むって感じになって……。私のなかではベルトルトも含まれていたから、三人暮らしの予定だったんだけど。



「だから、ライナーの家に名前がいて、メシ作って掃除して待ってるって、そりゃ結婚してるっつーことだろうが」
「……結婚?」
「名前からプロポーズしたように聞こえたんじゃねえの」
「……プロポーズ?」
「そのときからライナーの態度がおかしかったから、こりゃ名前を好きなんだと……おい、聞いてるか?」



 ──なんてことだ。それはライナーもあんな態度をとるに決まってる。好きでもない女からそんなこと言われたら、さぞ気持ち悪かっただろう。私が視界に入るだけで、思い出して気色悪かっただろう。



「うっ……ありがとう、ジャン……私、最低だ……もうライナーに近付かない」
「は? いや、逆だろ」
「わかった、視界に入らないようにする……うっ、私、ひどい……ライナーに嫌われるのも当然だ……」
「な、泣くな!」



 ジャンが焦ったように手を動かした。鼻が痛んで、ぼろぼろと涙がでてくる。
 ジャンにもう一度お礼を言ってなんとか歩き出すと、アニがついてきた。さっきから何も言わないアニは、静かに一言、納得したとだけ吐きだした。
 私も納得した。自分が最低最悪な人間だって、いままで気付かなかった。

 その日の晩は毛布にくるまって一晩中泣き続けた。どれだけ泣いても、不思議と涙は枯れなかった。



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