のどが乾く。手足がひきつる。ライナーに見られるといつも自分の体じゃないみたいになる。あんなに鋭い目で、敵意を孕んで監視されているように見えるから。立体機動の訓練のときは特に。

 装置を点検して腰につける。ライナーが見ている。
 ワイヤーの切れがないか確認して引っ張る。ライナーが眉を寄せている。
 ガスは満タン、ベルトの緩みもない。ライナーが、睨んでいる。



「……名前。顔色が悪い」
「大丈夫だよ」



 ミカサの視線も鋭いけれど、ライナーのような殺気はこもっていない。笑ってみせると、横にいたアルミンも顔を覗き込んできた。

 ミカサと私は仲がいい、と、思う。ミカサは私の憧れなのだ。たとえミカサの一番がエレンであっても、訓練で班を組むときに真っ先にエレンのところへ行っても、一番仲がいい人がエレンとアルミン、そのあいだにもろもろの人物がいてようやく私の名前が出てきたとしても、仲がいいのだ。きっと。



「今日はミカサに負けねえからな」
「エレン、焦ってはいけない」
「わかってるよ!」



 闘争心を燃やすエレンとそれを受け流すミカサは、兄妹のようでもあり恋人のようでもあり、なんだか可愛い。
 ようやくすこし肩の力が抜けて笑うと、アルミンがやわらかく笑んだ。



「ようやく緊張がとけたみたいだね」
「うん……あの、ライナーってアルミンにはよくしてるんだよね?」
「僕が頼りないからだろうね。でも名前のあれは、違うよ」
「わかってるよ」
「そうじゃなくて、」



 アルミンが何か言いかけたところで、集合の声がかかった。遅れたら減点プラス走り込みだ。急いで集合して説明を受ける。
 ライナーの視線が外れたことで気が抜けた頭には、さっきアルミンが言いかけたことなんて覚えてもいなかった。



・・・



 ワイヤーを刺す。ガスで飛ぶ。巨人の模型を見つけ次第、うなじを切る。
 この作業を繰り返すのはそう簡単じゃない。巨人は大きいから見つけやすいけど、たいてい誰かが先に討伐してしまうからだ。
 情けない成績のまま必死に飛んで見つけた巨人も、アニが先に切り込んでしまった。次いで切るものの、アニよりわずかに浅い。



「名前、お先です!」



 サシャが空中を駆けるように追い越していく。サシャみたいに身軽になれたらいいのに、同じ装置を使っても雲泥の差だ。
 それでも諦めることはできないと、必死に飛ぶ。早く先に行って、まだ誰も見つけていない巨人を探さないと。

 しばらく飛んだ先には、小さいけれど誰も切り込んでいない巨人がいた。ようやく発見できたとガスをふかすと、ななめ前に訓練生がいるのに気付いた。あれは……ライナー。
 私に気付いたライナーが睨んでくる。ここで横取りされたらたまらないのだろう。それでも勢いがついているし、諦めることは出来ない。手のなかの刃を握り締めてワイヤーを飛ばす。ライナーが何かを叫んだ。



「……っ!」



 怖い顔。怒声。私にしか見せない、殺しそうな目。──手元が狂った。
 木に刺すはずだったワイヤーがはずれ、がくりと体が沈む。このまま落ちれば、骨折でもするかもしれない。最悪死亡という未来も有り得る。一瞬でいやな未来が頭をよぎり、体が勝手に動いた。
 もうひとつのワイヤーを木に刺し、はずれてしまったワイヤーは巻き取る途中で枝に巻きつける。ガスを思いきりふかして地面に激突する前に空中へと戻り、そのまま巨人のうなじを刈り取った。
 安心するのも一瞬で、討伐した巨人の影に隠れるようにもう一体の巨人がいるのが見えた。それも勢いのまま攻撃して、木のうえに着地する。冷や汗がぶわっと出てきて、心臓がうるさく生を主張した。



「……っ怖かったあ……!」



 ライナーが睨んでいる。それからふいっと顔を背けて先にいってしまった。そういえばライナーは何を叫んでいたんだろう。
 もしかして、巨人の影に巨人がいることを教えてくれようとした……なんてことはないよね。



「名前! 大丈夫?」
「ミカサ! どうしてここに? 先に行ったんじゃないの?」
「……エレンに、近くを飛ぶなって」
「……ああ」



 マフラーに顔をうずめて残念そうに言うミカサは、もう私の心配をしていたことを過去に押しやり、エレンのことを考えていた。
 冷や汗もおさまり、手足にも血が通った感覚がする。手足を軽く振りながら、新しい巨人を探そうとあたりを見回す。ワイヤーを発射する前、ミカサが真面目な顔をして手首を掴んできた。



「……ライナーが、見てる」
「知ってるよ。いつも睨まれてるもん」
「違う。見てる。気をつけて」
「気をつけるって……なにに?」
「わからない、けど」
「わかった、気をつける」



 ミカサの不器用な心配はくすぐったいけど嬉しい。たぶん近くに寄ったら怒られるとか罵声をあびせられるとか、そういったことじゃないだろうか。
 睨まれてるし……ミカサいわく見てるの間違いらしいけど。私にはその違いがよくわからない。

 その日、立体機動の訓練でいちばん成績がよかったのはライナーだった。



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