彼と私は、それなりに仲が良かったと思う。同じ訓練をこなし、座学で同じ空間に座り、同じつらさや苦しみを分かち合った。初対面からだんだんと顔を覚え、挨拶をし、日々のちょっとしたことを話し、くだらないことで笑い合える友達。そう思っていたのは私だけだったのかもしれない。
──いつからこうなってしまったのだろう。すこしばかり現実逃避してもいいはずだ。教官の発表した班分けには、私と彼の名前がばっちり書いてあった。サシャとコニーの名前も。
このふたりだと手助けは期待できそうにない。むしろ空気を読まずに爆弾を落とす可能性のほうが高いのではないだろうか。
すこし離れたところで、ライナーが私を睨んでいた。みんなと仲が良くて面倒見がいい兄貴分。それは私にだけは当てはまらなくて、こうして睨まれたり怒られたりが日常茶飯事なのだ。助けてくれる人は誰もいない。ライナーはあんなにいい人なのだから、こんな態度をとられる私が悪いんだ。
ぎゅうっと目とつぶって、浅く早く繰り返される息を整えようと心臓に手を当てる。うっすらを目を開けると、ライナーがまだ私を睨んでいるのが見えた。
「名前、大丈夫ですか?」
「大丈夫。頑張ろうね」
声をかけてくれたサシャになんとか笑いかけると、心配そうな顔をされた。
今回の訓練は、大雑把に言うと山を捜索するというものだ。兵士は巨人と戦うのが仕事だけど、そう何度も巨人に襲われたら人類はすぐに絶滅してしまう。
開拓地などで山に迷い込んでしまった遭難者を助ける、というのが目的である。遭難者を見つけるまで延々と山のなかをさまようのだ。ギブアップは可能、しかし減点。四人ひと組というところが、プラスでもありマイナスでもある。
教官の声で、班ごとに集まる。いまからどの装備を持っていくか、どこを捜索するか話し合うのだ。ライナーが鋭い目で睨んできた。
「……名前もやるのか」
「う、うん……あの、頑張るから」
「やめておいたほうがいいんじゃないのか」
ライナーの言葉に心臓が鋭く痛んだ。この訓練は、強制参加ではない。少数の人間は、いまごろ慣れ親しんだ場所で自主訓練をしているだろう。
ライナーの顔を見られなくて俯く。どんな顔をされるかが怖くて、見られなかった。
「やめ、ない。私だって兵士だもん。頑張る」
「……勝手にしろ」
吐き捨てるような声に、喉が締め付けられるように痛んだ。鼻がつーんとする。こんなことで泣くなんて、兵士以前にただの子供だ。
さらに俯く私の背中を、コニーが軽く叩いた。
「どこから探すか決めようぜ。早くしないと日が暮れる」
ライナーが主導でどこを主に探すかが決まり、装備も整えた。山に入ったあとは、サシャの勘も頼ることになっている。なにしろサシャは動物並みに勘がいい。
今回は立体機動はつけていない。木々が密生した整備されていない山は、飛び回れるほど空間がないからだ。
猛獣がでたときのための鉄砲、遭難者のための食べ物や飲み物、背負子、それらが重しとなって肩に食い込む。遭難者のものだから、持ってきた水は飲めない。
早くも息があがってきた私やコニーとは違い、ライナーはすいすいと山をのぼっていく。コニーも山のほうで育ったらしいと聞いたことがあるけど、軽い体重で重いものを持つのはつらいだろう。
「みんな、下がってください!」
不意にサシャの鋭い声が聞こえた。身構えたところで、がさっという音が近くで響く。咄嗟にそちらを見ると、熊がいた。
熊。……熊?
「名前!」
ライナーの声が聞こえた。私の前に飛び出して熊と対峙しているのは、紛れもなくライナーだ。守るように腕を広げ、身じろぎせずに熊とにらみ合っている。その隙にコニーが鉄砲を取り出し、熊を狙って発泡した。はずれた。
しかし効果はあったらしく、驚いて逃げていく巨体は木に隠れてすぐに見えなくなった。へなへなと足の力が抜ける。
「下手くそですね! うまく狙えばお肉が食べられたのに!」
「仕方ねえだろ、必死だったんだから!」
早くも元気なコニーとサシャの言い合いを聞いている余裕はなかった。ライナーがちいさなため息をつき、額をぬぐって、手を差し出してきたから。
「立てるか?」
「……ライナー。ご、ごめんね! 怪我は? わ、私はいいけど、ライナーが怪我したら私……!」
「……私はいいなんて、言うな」
「でも私のせいで怪我なんてしたら……!」
ようやく心から安心したらしく、涙がでた。これくらいで泣いているなんて、ライナーに呆れられたり怒られたりしても当然だ。
それなのにライナーはいつもみたいに睨まず、居心地が悪そうにそっぽを向いていた。
「行くぞ。早く遭難者を見つけて帰ろう」
「う、うん。ライナー」
「なんだ?」
「さっき、私をかばってくれてありがとう。次は私がライナーを守るね」
「女に守られるなんてごめんだ」
冷たく返事をされたけど、いつものように顔も見てくれないけど、それでもいつもほど悲しくはない。ライナーが嫌っている人でも守る、兵士の鏡みたいな人だとあらためて知ったからだろう。
まあやっぱり、ちょっぴり寂しくはあるけれど。
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