あかい指切り >> Input

 図書館で時間をつぶして、下校時刻の放送がなってから裏門へ行った。なんとなく、裏門で会うような気がしたから。
 しばらく待っていると、自転車に乗った巻島がやってくるのが見えて、かばんを持ち直す。買っておいたスポーツ飲料の入ったペットボトルを渡すと、驚きながらも受け取ってくれた。



「迷惑かけたお礼。明日部活にも差し入れに行くよ。ペットボトルのでいい?」
「別にいらないと思うっショ」
「駄目。ペットボトル? それとも粉末?」
「ペットボトル」



 自転車をおりて並んで歩きながら、器用に水分補給する巻島……ではなく、裕介を見た。勢いで名前で呼ぶとは言ったものの慣れない。だが、慣れないとあの赤い糸による強制ラブタイムが待っているのだ。



「ええと、あー……名前、なんショ?」
「苗字名前」
「ん」
「今日は本当にごめん。一緒に帰ろうって言ったのは、言いたいことがあって」



 夕暮れというには遅い、オレンジより黒が支配しているような空。裕介の顔は昼間ほどよく見えなくて、それがなんだか不安にさせた。名前で呼ぶの慣れる気がしないなあ、とどうでもいいことを考えるのは、現実逃避をしたいからかもしれない。



「生まれた時から、なんでか赤い糸が見えるの。でも私の目がおかしいだけって思うときもあるし、ほかの人には見えないから、本気にしなくていいよ」
「そうしたいけどよォ、あんな体験しちゃ信じるしかないショ」
「でね、赤い糸の相手って、ほとんどが外国にいる。だからつながってない相手と結婚して、幸せに暮らして死んでくのがほとんど」
「赤い糸がつながってて結婚してんのは?」
「幸せそうだったよ」



 たぶん、話すのが苦手なんだろうな。そう思わせる横の男は、ぎこちないけど私と会話をしようと努力してくれていた。こつん、とちいさな石を蹴って、急な下り坂を転ばないように歩いていく。



「だから、私のことは気にしないでいいよ。挨拶とかしなきゃいけなくなったけど、私と恋しなきゃいけないわけじゃない。好きな相手を見つけて両思いになったら、幸せになってね」



 ──やっと言えた。なんとなくだけど、裕介はそういうの気にしそうだから、言っておかなくちゃと思っただけ。
 ふうっと息を吐き出して、ようやく笑う。裕介は私の顔を見たあと、ぎこちなく視線をそらした。



「赤い糸、見えるって……どんな感じっショ」
「小さいときは世界が赤い糸であふれかえってて嫌だったけど、いまはあんまり見えないよ。近くにいる人のだけ」
「苗字……じゃなくて、名前……が、冷たかったのは、今さっき言ったのが理由か」
「それもあるよ。だけどね、本当は……こわかった」



 長い坂をくだりきって、家がどっちにあるか視線で会話する。同じ方向にあることを確認して歩き始めると、太陽はとっくに沈んでいた。



「年の差が20くらいある人がつながってたり、結婚してる妻と子供の学校の先生とか、同性とか」
「げっ」
「そういうのも、あったから。怖いのは、出会ってしまったら恋してしまうところ。そして赤い糸の相手に、だんだん近づいていくところ。引越しして近くに住んだり、外国だったらその国に憧れたり旅行に行ったり。出会えないこともあるとは思うんだけど」



 気休め程度の思い込みではあるけどね。
 顔をあげると、鼻が冷たくてなんだか冬に戻ったみたいに感じてしまった。もうじき梅雨になるっていうのに、変なの。



「だから……だから、裕介に会ったとき、ほんとうに、心の底から……裕介が赤い糸の相手でよかったって、思った。ずっと、怖かった。怯えてた。既婚者が相手だったら、女の子とつながってたら、おじいちゃんとつながってたらって……そう考えると、怖くて仕方なくて……」



 喉が痛んで、鼻がつんとした。ぼろぼろと涙が出るの下を向いて必死に隠すけど、たぶんバレてる。
 そっと腕を引かれて、それに素直に従った私の横を、自転車が通っていく。裕介は立ち止まってかばんの中を探って、あー、と情けない声をだした。



「タオル、部活で使っちまって……」
「ふ、ふ……いいよ」



 泣き笑いになりながら、乱暴に手でぬぐう。それを見た裕介がもう一度かばんの中を探して、やっぱり何もないと申し訳なさそうにこっちを見た。そっちが気にすることじゃないのに。



「いいよ、これは安心して泣いただけだから。怖くて泣いたんじゃない」
「や、だけどよォ」
「裕介って優しいんだね」
「……ショ」
「照れてるー焦ってるー」
「そりゃ、横で女に泣かれたら焦るっショ! オレが泣かせたみたいだし!」
「実際そうじゃん」
「ぐっ」



 口をつぐんだ裕介は、黙って自転車を押し始めた。すぐに追いつけるゆっくりとした速度に、2、3歩小走りして横に並んだ。
 そのまますごく時間がかかりつつ、いろんなことを話しながら帰った。驚いたことに、裕介と私はご近所さんだった。あの豪邸が家だったなんて驚きだ。そして、この赤い糸はどれだけ私とこの男を近づけたかったんだと、大きなためいきをついた。


 
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