あかい指切り >> Input

「はよ」
「あ、おはよー」



 翌朝教室に来た裕介は、律儀にあいさつをした。私も挨拶をしてから友達との会話を続けようとすると、がしっと手を掴まれる。痛い。



「名前、あんたいつのまに巻島と挨拶する仲になったの」
「昨日から」
「なんで。ラブ?」
「そんな甘ったるいもんじゃないよ」



 赤い糸のことを話すつもりはないし、どう説明したものか。数秒考えてから、とりあえず話すまで力を込められ続けるであろう手をなんとか救出する。



「挨拶しないと日常生活が送れないって脅されたからそうしてるだけ」
「えっ巻島ってそんなに嫉妬深かったの」
「違う」



 どうやっても恋愛の話にいくらしい思春期の脳みそを相手にするのは、正直疲れる。思わずため息をついたところで、がたんと大きな音がした。教室中の視線が、音がした場所へ集中する。
 そこには、椅子からずり落ちている巻島……ではなく裕介がいた。お尻をさすって私を見てから、仕方なさそうに歩いてくる。



「困り事?」
「ああ、それで引っ張られて椅子から落ちたのね。そう、この子に私たちの関係を誤解されて」



 裕介は困ったように私を見て、自分の小指を見て、どうしたもんかと頭をかいた。私もどう説明したらいいかわからずに、とりあえず裕介の口からいい案がでてくるのを待つ。この様子だと、いい案なんて出てきそうにないけど。



「あー……こいつ、じゃなくて名前とは……その、仲良くしねぇとサ」
「なんで」
「困る、から」
「日常生活が送れなくなる?」
「そう、それ。だから挨拶したりしてるワケ」
「嫉妬深かったのは名前ってこと?」
「違う。すぐに恋愛に結びつけるのどうにかして。私と裕介は、こうしなきゃ死ぬくらいの必死さでこうしてるの」



 友達が納得しているようなしていないような顔をしつつも頷いたのは、私が必死だったからかもしれない。
 裕介は、これで終わりとばかりに自分の席へ戻っていく。それにごめんと声をかけると「お互い様ショ」と冷たいようにみえて優しい言葉が返ってきた。要するに、2人とも被害者ということだ。



・・・



 がたん。今度は私が糸に引っ張られて椅子からずり落ちたのは、昼休みのことだった。騒がしさのおかげでそこまで注目はされなかったけど、恥ずかしいものは恥ずかしい。
 友達に断りを入れてから、糸が引っ張る方向へ歩いていく。まだ慣れきっていない廊下を歩いて外にでて、中庭のすみっこの人がいない場所。そこを覗き込むと、裕介が地面を見つめていた。



「困り事?」
「うおっ! ……なんだ、名前か」
「うん、巨乳の美少女じゃなくてごめん」
「なんショそれ……どうしてここが?」



 左手の小指をたてて見せると、裕介はすぐに納得した。とりあえず横に座って、糸を引っ張ってみる。伸び縮みが可能らしいこれは、いまは10センチくらいしかない。



「悩んでるんですかね、お若いの」
「キャラ不明すぎっショ」
「いいから。聞かないと離れられないんだよ」



 じわじわとくっついていく小指に恐怖したのか、裕介はわりとあっさりと口を開いた。ずっと悩んでいたそれを、限界だというように、そっと。



「オレが自転車競技部に入ってんの、知ってるショ」
「あれ競技部だったんだ」
「オレは自転車が好きで、誰にも負けたくなくて、一番になりたい。でも……勝てない」



 ぽつりとこぼされた真実に驚く。裕介が弱いことにも、それを吐露したことにも、意外と繊細なことにも。
 これを言うことがどれほど悔しいか、私にはわからない。でも伝わってくる。糸に引っ張られているということにして、小指に小指をからめた。



「練習しても弱い?」
「……オウ」
「じゃあ、もっといっぱい練習しよう。努力は嘘をつかない」



 私はずっと逃げてきた。赤い糸の相手から。でも裕介は、なんでもないように「信じるしかない」と言ってくれた。相手が裕介であることだけで、泣いてしまうほど安心したのに、それだけでなく受け入れてくれた。本当は信じてないのかもしれないけど、私に関わりたくないのかもしれないけど、あの一言に、どれだけ救われたか。



「出来ることがあるなら、私も一緒にするから」
「……自転車、詳しいのかヨ」
「全然知らない」
「だろうな」
「でも裕介も、赤い糸のこと知らないのに力になってくれて、一緒にいろいろしてくれてるよ。だからさ……ほら、裕介もなにか解決方法とか考えてるんじゃないの?」
「オレ任せかよ」



 や、だって自転車のこと知らないし。たまにああいうタイプの自転車見かけるけど、車道走ってる時にこけたらどうするんだろう、くらいしか考えないし。



「オレは坂道をのぼるのが得意だ。だけど得意なだけじゃ駄目だ。フォームなんて知るか。だから……自己流をもっと磨かないと」
「その練習をするのね。いつ?」
「今度の日曜は自主練だから、どっかに練習しにいこうと思ってる」



 小指がぎりぎりと締め上げられる。ちょっ痛、いたたたたたマジで痛い!



「わ、かった! わかったよ! 私も一緒に行く! いいよね!」
「あー、糸?」
「糸! 早く返事して小指がチャーシューになる!」
「なんショそれ……いいけど」
「いったかった……!」



 ふうふうと小指に息を吹きかけて、痛みをすこしでも和らげようとする。裕介は呆れたように見てきたけど、すぐに顔を曇らせて下を向いた。その肩を、ぽんと叩く。



「努力は報われないかもしれないけど、ありったけ試したり、努力せずにはいられないんでしょ? それってとても素敵なことだと思う。だから頑張ろ。そんでぶっちぎりで優勝してやろうよ。私、その光景をすぐに思い浮かべられるよ」



 裕介は驚いて私を見てから、薄く笑った。裕介が笑ったところを見るのははじめてで、変に心臓がうずく。笑うと意外とあどけない顔してるな、こいつ。


 
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