あかい指切り >> Input

 裕介がものすごく不機嫌な、怒っているような顔で私の席まで来たのは、もうあたたかくなった日の放課後だった。あたりは部活に行く人や帰る人の活気で満ちている。
 裕介のうしろでにやにやしている田所と真面目な顔をしている金城が見えて、部活関連のことかとかばんを閉める。裕介のくちびるは、拗ねたときのように尖っていた。



「……今日、時間ないっショ?」
「あるけど。どうしたの?」
「あるのかよ……今日は部員全員のタイムを計る予定なんだけどよ、それを頼んでいた金城のクラスメイトが休みだったんショ。で、苗字にって、先輩たちに押し切られた」



 なるほど。田所や金城は私のことをよく知っているけど、先輩たちのあいだで私は姿さえ曖昧なものらしい。これを機に、私を見ようという魂胆だろう。



「いいよ。どうせ部室近くまで行く予定だったし」
「いいのかよ……」
「できるだけ頑張るけど、もし私のせいで嫌な思いしたらごめんね」
「逆っショ。めっちゃ見られるぜ」
「気にしないよ。見られるのは、私服の裕介と出かけるので慣れたし」



 うしろで田所が吹き出す。かばんを持って立ち上がると、裕介が予備で置いていたジャージを貸してくれた。乗り気でないのに、嫌なのに優しいのが巻島という男である。



・・・



 それから「こいつが巻島の彼女か……」という視線のなか挨拶をして、一年生の子にやり方などを聞きながらがんばった。と思う。がんばったのは間違いないんだけど、初めてやることだしもともと要領がいいわけでもないので、手際が悪いどころの話じゃなかった気がする。
 タイムは計れたけど誰のタイムが微妙に一致しないし(自己申告で解決した)、ドリンクの入れ方とか間違えたし(個人によって違いがあるらしい)、基本的な用語すらわからないものもあるしで、足手まといにしかならなかった。ひどい結果だ。

 落ち込みつつも、最後まで手伝うことを決めたのだから、ここで放り出すわけにもいかない。
 最後に集まって部長さんがなにやら言うのを、うしろで聞く。このあと大抵自主練をして帰るそうで、自転車部の人はすごいなあという感想しか抱かない私は、やっぱりここにいるのは間違っているのかもしれない。



「あの、部長さん」
「おお、苗字さんか。今日はありがとな!」
「いえ、あまりお手伝いできずにすみません。これ、差し入れしようと思って偶然作ってきてたんです。よければ、みなさんでどうぞ」



 部長さんが驚きつつも喜びながら、大きな包みを開ける。そこには、私が張り切りすぎて作ったサンドイッチがぎっちりと詰まっていた。
 定期的に大量におじいちゃん家から送られてくる野菜を消費しているから、パンよりもレタスやきゅうりの占める割合のほうが多い。歓声を上げた部長さんはみんなを呼び寄せ、あっという間に部員が群がり始めた。あざっす、と大きな声でお礼を言われるのは慣れていなくて、変に照れてしまう。



「部室近くまで行く予定って、これ?」
「うん。たくさん作りすぎちゃって、さすがに裕介ひとりじゃ食べられないでしょ」
「……まあな」
「裕介には、べつのも用意してあるんだ。自主練終わるの待ってるから、帰りに食べよ」



 裕介は口からレタスをはみ出させたまま私を見てから、ヤギみたいにもしゃもしゃと食べて頷く。さっきまでの拗ねた様子がなくなってるから、間違ったことは言ってないようだと安心する。
 こういうときの裕介は、じつに可愛らしいのである。本人には内緒だけど。


 
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