「で、なにが不満なんだよ」
部室前からすこし離れたところで、田所がパンを食べながら言う。
季節は春、新入生も入ってきて、私たちは2年になった。部活にも後輩が入ってきたと裕介が楽しそうに話していたから、どんな子が入ってきたかはぼんやりと知っている。
裕介は教室の掃除のじゃんけんで負けてゴミを捨てにいったので、しばらくは来ないだろう。部活がはじまるまで時間があるのをいいことに、田所と金城とのろのろ歩く。
「いちおうさ、クリスマスに些細なプレゼント交換したり、初詣に一緒に行ったりバレンタインのチョコあげたりしたんだけどさ」
「知ってる」
「裕介、拒否しないの。嫌われてはないと思うんだけど、誰を好きになるのも裕介の自由だから……やめたほうがいいのかな?」
「どうした苗字。巻島と喧嘩でもしたのか?」
金城が変化の少ない顔に心配を浮かべて覗き込んでくる。
喧嘩したわけではない。私のことを好きになるのもならないのも裕介の自由で、私みたいに赤い糸が見えているわけではない。恋愛に対して冷め切って恐怖すら感じていた私とは違って、裕介は誰を好きになってもいいし、好きにならないでいてもいいのだ。
「喧嘩じゃないけど、私から告白するのって、裕介の自由を奪ってることになるでしょ? 裕介は誰と恋愛してもいいのに」
「……は?」
「苗字は巻島と付き合っているんじゃないのか?」
「付き合ってないけど」
田所と金城が目を丸くして、顔を見合わせて、ふたりして私を見た。そんな驚かなくても、私も裕介も付き合ってるなんて一言もいってないと思うんだけど。
田所が、いつか聞いた質問をもう一度口にする。
「……で? お前らいつ付き合うんだ?」
「だから、私から告白したら、裕介は優しいからいいよって言うかもしれないでしょ。そしたら、裕介にあるはずの自由がなくなるって話をしてるんだけど」
「──巻島はたしかに優しいが、そんなことはしないだろう。苗字の気持ちはどうなんだ?」
「金城……私の気持ちはずっと変わらないよ。いままでの恋から、死ぬまでの恋や愛まで、ぜんぶ裕介のものなんだから」
だからこそ、私が裕介に選ばれなかったときに、この感情がどんなに重いものになるか知っている。
どうしたらいいのかと小石を蹴ってくちびるを尖らせると、金城の大きな手が頭に乗ってきた。その向こうで田所はほのかに赤面している。似合わない。
「苗字の気持ちをそのままぶつければいい。判断をするのは巻島だ」
「裕介が落ち込んでたら、金城と田所でなぐさめてあげる?」
「無論だ。そんなことにはならないと思ってはいるがな」
「……金城が、そう言うなら」
「部活が始まるまで、あと少しある。行ってこい」
「うん! もしフラれたらパワーバーでもおごってね!」
私は裕介に好きになるだろうと伝えてるし、いままでも行事にかこつけてさりげなく気持ちが変わっていないことを伝えてきた。裕介も、断るならシミュレーションくらいしてきているだろう。
思いきり駆け出したあとに振り返ってふたりに手を振って、また走り始める。裕介のいる方角はわかっていた。
「っつーかフラれる気持ちでいるのかよ……」
・・・
裕介を見つけたのは、正面玄関を出てすぐだった。靴をはきかえた裕介が、走ってきた私を見つけてすこし驚く。
息を整えながら裕介のとなりに立って歩いて、おおきく息を吸い込んだ。まだ心臓がどきどきしてるけど、走ったせいか今から告白するせいか区別がつかない。
「裕介。あのね、私はずっと、裕介は恋愛に関して自由だって思ってたの。誰を好きになっても、未来は見えないけどうまくいくかもしれないから。だからずっと、その自由な未来を奪うのがこわかった」
裕介の視線を感じながら、いまさら乱れた前髪を整える。まだ冷たい春風がスカートと足をくすぐって、後ろから前へと進んでいく。
「でも私はもう、赤い糸の相手を見つけてしまった。私の初恋から死ぬまでの愛は、ぜんぶ裕介に捧げられるものよ。気付いたら、裕介をこんなに好きになってた。だけど裕介まで赤い糸で縛りたくないから、もし裕介が私のことを好きになったら教えて欲しいな」
「……なんで名前が……」
「言いたいのはそれだけ。部活がんばってね!」
手を振って駆け出そうとしたところで、腕を掴まれる。驚いて裕介を見上げると、なぜだか怒っていた。
「だから! なんでいつも名前が言うっショ! オレ男なんだけど!」
「それは知ってるけど……どうしたの?」
「名前は鈍いし恋に気づくまで時間かかるかと思って言ってなかったのに! なんでサラッと言うんだよ!」
「えと、ごめん?」
「オレのほうが早く名前を好きになってるんだから……オレに言わせろっショ」
掴まれた腕に力が入って、裕介の手がかすかに震えていることに気付く。真剣な顔は、レース中に見せるようなものだ。緊張しきった頬は赤くて、私までじわじわと赤くなっていく。
「あー……えーと……好きです。付き合ってください」
「は、はい」
「オレから告白したからな。間違えんなっショ」
「こだわるね」
「男だからな」
理由になっているようでなっていないことを言ったっきり、裕介は前を向いてしまった。糸を通して心臓がばくばくなのが伝わってくるから、なんでもないように見せかけている努力が可愛らしい。
そんなことを思っている私も真っ赤で、春風で顔を冷ますことしかできないから、裕介と似たりよったりなんだけど。
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