あかい指切り >> Input

「で? なんで来なかったんだヨ」
「ゴールしたあとに行ったよ。でも不審者と間違われて、関係者以外は来るなって言われた」



 なぜ私は怒られているんだろうか。おめでとうを言う前に裕介に詰め寄られて、おとなしく事実を告げる。それから裕介を探してうろうろしていたら、さらに不審がられたことも。



「どんだけ不審者だったんだよ……」
「……わかんない」
「次から普通に来て、声かけられたらオレの知り合いだって言えば何とかなるっショ。それより、待ちすぎて腹減った。弁当あるっショ?」
「うん。はい」



 閉会式が終わって、参加者たちはぱらぱらと帰り始めている。ベンチに座って大会の人がセットを崩していくのを遠目で見ながら、お弁当を食べる裕介を見た。



「あー……だからさ……こういうとき不便ショ」
「なにが?」
「お互いの番号知っとかないとさ」
「あっ携帯の? そうだね、それだと不審者に間違われることもなかったもんね! お弁当食べたあとにしよ、お腹すいてるんでしょ?」



 ……もしかして裕介は、ゴールしたあとずっと私を待っててくれたのかな。そうだとしたら悪いけど、嬉しい。



「──裕介。ごめん。嬉しい。優勝おめでとう」
「ん」
「かっこよかったよ! ぐらんぐらんしながらゴール入って、ガッツポーズしてさ」
「その表現なんとかなんないのかよ」
「お弁当も豪華仕様! いつものおかずに、なんとからあげとハンバーグが入ってます!」
「焦げてるけどな」
「えっ嘘!」
「嘘」



 散々待たされたんだからこれくらいいいッショ、と裕介が笑う。騙されたのは悔しいけど、裕介を待たせたのも事実なので、脇腹に軽くパンチを入れるだけで許してあげた。

 私がのんきにジュースを飲んでいるあいだにお弁当はあっという間に空になり、律儀にごちそうさまとおいしかったと言う男からお弁当箱を受け取った。結構大きいお弁当箱だけど、もうすこし大きいのにすればよかったかもしれない。



「少し休んでから帰る?」
「そうするっショ」



 折りたたんだ自転車を見た裕介は、細くながい息を吐き出して空を仰ぎ見た。つられて上を見上げて、秋晴れの空を見つめた。最近一気に気温が下がったせいか、ここが影になっているせいか、じっとしていると少し肌寒い。
 今日の裕介、かっこよかったな。カメラとか持ってくればよかったかもしれない。もう遅いけど。あっでも大会のほうで写真とか撮ってるだろうし、裕介は優勝したから絶対にゴール場面は記録に残しているはずだ。



「ねえ裕介──」



 言葉が口のなかで固まる。そこには、目を伏せてうたた寝をしている裕介がいた。
 ──当たり前だけど、疲れてるんだな。静かに眠っている裕介を起こさないように、そうっと、自分の全筋肉を使って、体を横にする。肩を貸そうと思ったけど、太もものほうがぜい肉がついてるから、そっちにした。タオルを膝に置いて、その上にそっと裕介の頭を乗せる。
 風邪をひかないように自分の上着を裕介にかけてから、目を覚まさなかったのをいいことに、綺麗な髪をなでてみる。たぶん私よりさらさらだった。



・・・



「っは……!? なんショ!」
「はえ!?」



 大声で体が硬直する。いつの間にか寝てしまっていたらしく、寝ぼけた頭とかすんだ視界で状況の把握に努めた。
 目の前には顔を赤くして硬直する裕介がいて、眠さでぐらぐらと揺れる頭で珍しい顔を見つめる。なんショ、とはこっちの台詞である。



「え……なに? なにかあったの?」
「何かって……いつの間にか寝てて、起きたら……」
「起きたら?」
「名前の膝に……」



 珍しく歯切れの悪い裕介の耳は真っ赤だ。ようやくはっきりしてきた頭で、あたりを見回した。時計はもう夕方になっていて、ベンチの横には袋に入った自転車。そしてとても寒い。



「っくしゅ! 寒っ!」
「オレに上着をかけるからっショ! ほら」



 手渡された上着を受け取って、もそもそと着る。そうか、裕介が寝たから膝を貸して、そのまま寝ちゃったんだ。



「よく寝てたから、起こすのも悪いと思って。最初は肩を貸そうと思ってたんだけど、太もものほうがぜい肉ついて柔らかいでしょ?」
「おま……そんな理由で……」
「えっごめん嫌だった?」
「逆っショ! 汗とかかいてるだろ!」
「汗くさかった!? ごめん!」
「だからオレが! ……レースのあとだから汗かいてるし、汚れてるかもしれないショ」
「そんなことなかったよ。髪とかさらさらだったし。膝にタオル敷いてたから私の汚さは移ってないと思う!」
「汚いとか思ってねえヨ」
「私だって」



 裕介は私を見てから、ようやく申し訳なさそうな、落ち込んでいるような顔をやめてくれた。伸びをして髪をかきあげて、視線をさまよわせてから地面を見る。



「人に寝顔見られるとか……人前で寝るのが嫌いなんだよ。だから授業中でも寝ない」
「そういえば、裕介が寝てるの見たことないや」
「だけど今日は……」
「すごく疲れてたんじゃない? 大会のあとだし」
「そんなの何回も──。いや、いい。帰るっショ」
「なんかお腹すかない? 何か食べて帰ろうよ」
「そうするかァ」



 自転車を肩にかけた裕介の服装は相変わらず斬新だけど、もう慣れつつある。
 2人で何を食べたいか話しながら、ゆっくりと歩くのが心地よくて、思わず笑った。不思議そうに見てくるけどなにも言わない裕介も、どこか楽しそうだ。優勝はやっぱり嬉しいものなんだな。


 
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