家に帰った私は、見事に風邪をひいた。寒いなかで昼寝したのと、そのあと冷房のきいたファミレスで調子に乗ってパフェを食べたからだと思う。だって新作のパフェおいしそうだったんだもん。実際おいしかったし。
微熱程度だけど学校を休んで、起きるともうお昼だった。すこしだけぼーっとする頭で携帯を探ると、メールが来ていた。友人からの「大丈夫?」というメールに返信すると、しばらくして友達から電話がかかってきた。
「……ヨォ」
「その声……裕介?」
「ショ。……風邪ひいたって聞いたけど」
「ああ、昨日帰ってお風呂入ったあと、髪かわかさずに寝ちゃってさ。夜中におきたら風邪ひいてた」
「……クハ。本当かよ」
「嘘ついてどうするのよ。裕介のことだから、オレのせいだとか馬鹿なこと考えてるんでしょ」
電話の向こうからは、学校の休憩時間特有のざわめきが聞こえてくる。裕介はなにも言わなかったけど、その沈黙が図星だということを伝えてきた。
「とにかく、この携帯は借りてるから、もっかいオレの携帯でかけなおす。ちゃんと出ろよ」
「うん」
数分してもう一回かかってきた電話は、さっきよりもざわめきが静かだった。裕介お気に入りの、中庭の隅っこにでも移動したのかもしれない。
時間を見るともう昼休みも残りわずかで、電話してきたのは裕介のくせに、沈黙が重い。向こうが話すのを待っていると、ようやく口を開いた。
「……体調はどうなんだよ」
「微熱だから、たいしたことないよ。寝すぎて暇なくらい」
「何度?」
「37.3度。本当に大丈夫だよ。悪いって思ってるなら……そうだな、昨日行ったファミレスのパフェでいいよ」
「どんだけ気に入ったんだよ」
「おいしかったから。それより、裕介は風邪ひいてない? 体調悪いとか、捻挫したとか」
「ねえショ。とにかく安静にしとけよ」
「はぁい」
チャイムがなって、渋々というように裕介が電話を切る。ツー、ツー、という通話が終わった音はなんだか寂しくて、画面にでた通話時間を意味もなく覚えた。数分だったけど裕介と電話したのははじめてだったから、なんか嬉しい。
・・・
「名前、彼氏が来てくれたわよー!」
元気なお母さんの声と勢いよくドアが開けられる音がして、重たいまぶたを開ける。お母さんがなにを言ったのか把握できず、聞き返そうとこすった目に裕介が飛び込んできた。かたまる。
「もう、彼氏がいるならそう言ってくれればいいのに! お見舞いにメロンもらったから切ってくるわね! 食欲はある?」
「ああ、うん」
「それじゃあごゆっくり」
鼻歌まじりでドアを閉めた部屋には、沈黙しかない。居心地が悪そうに足を動かした裕介は、最先端なファッションを着こなしていた。起きたばかりの目に、鮮やかな黄緑がまぶしい。
「え、と……とりあえずそこの椅子に座って」
ソファなんてものはないから、勉強机の前にある椅子をすすめる。裕介はぎこちなく頷いて、浅く椅子に座った。
「えと……なんで裕介がここに?」
「見舞い。さっき聞いたけど、昨日風呂入る前に熱出たんショ」
「えっ……そ、そうだったかな?」
「ま、わかってたけどな」
裕介がため息をつくように細長い息を吐き出すものだから、思わず体がびくりと動く。昼寝をした自分が悪いって思ってるから言わなかったのに、裕介は絶対にそんなこと思ってない。だって裕介は、呆れるほど優しいから。
「裕介は体調崩してない? ここにいたら、裕介まで風邪ひいちゃうかもしれないよ」
「そんなヤワじゃないっショ」
「あの……裕介。また大会、見に行ってもいい?」
布団をかぶってそろっと顔をのぞかせる。もう来んなって言われたら、かなりショックだ。
裕介は一瞬かたまってから、クハっと笑った。髪をかきあげて机に片ひじをついてこっちを見る姿は、学校で見るのとすこし違う気がする。
「いいに決まってるっショ。だから早く治せよ」
「はあい」
くすくすと笑うと、裕介も笑った。
体調も悪くないし暑いし、寝たままで話すのはさすがに悪い。起き上がろうとしたところで冷えピタがおでこから落ちて、慌てて受け止めようとしたところで体勢が崩れた。どうやら、思ったよりも弱っていたらしい。
「名前!」
裕介が慌ててやってきて、私を助けようと、背中の下に手をいれる。落ちた冷えピタをやたら気にする私のために冷えピタをとってくれて、起きると言い張る私の体をゆっくりと起こしてくれた。
「ありがと……びっくりした」
「こっちの台詞っショ。どうして名前はいつもなんつーか……予想外すぎるんだヨ」
……なんだか裕介との距離が近い、気がする。裕介の腕は背中にまわされたままだし、私は冷えピタを持ったまま硬直している。
どうしたらいいかわからないまま裕介の顔を見ていると、こう、吸い込まれそうで……。
「メロン切ってきたわよー……ってあら、ごめんなさい! お楽しみ中だったのね! 風邪ひいてるんだからほどほどにしなさいよ」
「ちょっ待ってお母さん違うから!」
「メロンここに置いておくわねー!」
勢いよくドアが閉められて、裕介がここに来たばかりの気まずい沈黙がふたたび。
裕介は黙って切られたメロンの乗ったお皿をとって、膝においてくれた。とりあえずフォークをさしてメロンを食べる。おいしい……。
「お母さんがごめん……あとで誤解をといておくから」
「──赤い糸、繋がってるっショ?」
「ああ、うん」
「なら、それでいいっショ」
裕介はそれ以上話すことなく、黙ってメロンを口に運んだ。私もメロンを食べる。
……なんでメロンを食べながら赤面せにゃならんのだ。
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