あかい指切り >> Input

「忘れ物はない? 準備運動はした? 緊張してない? 具合悪いとか」
「緊張してんのはそっちっショ」
「だって大会とか初めて見るし。体傾けたときに自転車にひかれて脳みそがはみ出たら……」
「なんでいつもグロイんだよ。いいから見とけ。バスが出るのはあっちだから遅れずに乗り込めよ」
「うん」
「ゴールで待ってろよ。何があるかはわかんねえけど、頑張るショ」
「うん。勝つって信じてるから」



 スタート10分前です、というアナウンスが流れる。裕介はいつもみたいに困ったように笑ってから、行けとだけ言って肩を押してくれた。それに頷いて、手を振りながら道路脇に行く。
 スタートしてしばらくしたらゴールへと向かうバスが出るから、これに乗り込んでゴールで裕介を待つ。それを見届けたらまたバスで公園に戻ってきて、ゴールした選手はまた自転車で戻ってくる。のち閉会式で、午後1時にはすべてが終わる予定だ。何度も読み返した予定表を思い出しながら、祈るように裕介を見つめる。

 長い長いように感じた10分が終わる間際、裕介がこっちを向いた。強い眼差しに、いろんな意味を込めて頷く。クハ、という笑い声が聞こえた気がした。
 スタートの合図でいっせいに動き出す自転車の集団にまぎれてすぐに見えなくなってしまった裕介を、それでも見つけられないかと探す。無理だった。



「裕介! 怪我しないでね!」



 あまり大きくない歓声のなか、私の声は届いただろうか。たぶん届いてない。
 かばんを握り直して、バスを探して乗り込む。しばらくして発車したバスは、ゴール付近にある自然の森でとまった。バスからおりてゴールまで戻って、祈るように裕介の勝利を願う。あんなに勝利を欲しているのに、一番高い台にのぼれるのは一人だけ。その一人がどうか、裕介でありますように。

 ──どれだけゴールを見つめていただろう。長い長い時間のあと、誰かが声をあげた。顔を上げてゴールを見つめると、そのさきには緑色の髪をした裕介が、滅多に見ない真剣な顔で、汗だくになりながらペダルを踏んでいた。その横には見知らぬ人もいて、必死に声をはりあげる。



「裕介! 勝って!」



 髪を揺らしながら、体を左右に大きく傾けて裕介と誰かがゴールに飛び込む。手をあげたのは、裕介だった。



「えっ嘘勝った? 勝ったの!? うわあ! おめでとう!」



 聞こえるかわからないけど叫ばずにはいられなくて、その場で飛び跳ねる。すぐに裕介に駆け寄ろうとしたけど、係りの人がさきに駆け寄って、大丈夫か聞きながら自然の森のほうへ誘導していった。
 それを追いかけようとしたのに、タイミングのいいところで「観客の方は、選手がくるので道路中央に近づかないでください」とアナウンスされてしまった。くそ。

 それからどれだけ待ったらいいかわからずにゴールする選手たちを見つめ、選手たちがいる場所を探してうろうろしていたけど、よほど不審者だったのか係りの人に「関係者以外のテントの立ち入りはご遠慮ください」と言われてしまった。解せぬ。
 仕方なく、しょんぼりとしつつどこかにいるかもしれない裕介を探しているうちに下山の時間になり、またバスに乗り込んで公園へと戻った。閉会式はそばで見ようとしたけど場所があいてなくて、真横の一番前を陣取った。一番高い台に裕介がのぼる。



「えー、では閉会式を行います。今回は──」



 誰かを探すように裕介の視線が動く。もしかしたら私を探しているのかと、自惚れに近い直感を信じて、小指をすこし動かした。裕介の左手の小指が動いて、私を見つける。主催者の挨拶が続くなか、ふたりの視線が絡み合う。
 裕介はにやっと笑って、まっすぐ前を向いた。振り向かない者の強さ。すぐに一位として名前を呼ばれた裕介は、それはもう誇らしそうだった。


 
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