しゃべるって案外疲れるんだなあ、というのが、夕方まで話し続けた私の感想だった。あらたな発見である。
 しゃべるという行為が当たり前になってくると、すこし適当になってしまったりする。一時間に一度は口を休ませてあげたいところだけど、そうも言っていられない。どこにあるかわからない顔のツボを探しながらむにゅむにゅと揉んでいると、ハンジさんがぽんっと手を叩いた。



「そういえばナマエは巨人を見たことがなかったね」
「そうですね。壁の向こうにいるらしいですし」
「実際見てみなきゃ、どうやって倒すかも実感わかないだろうし、休憩がてら一度見に行ってみるかい?」
「わあ! いいんですか?」
「もちろん。それに、そろそろ休ませないとナマエの顔が変形しちゃうしね」



 ハンジさんのウインクに、照れながら笑う。さっきから顔をもんでいるのをばっちり見られていたらしい。技術班のひとは今まで聞いた情報をもとに設計図を書いてみると言って、慌ただしく部屋をでていってしまった。全員が興奮しているように見えたのは、たぶん見間違いじゃない。



「もうすぐ日が落ちるから、急いで行かないとね」



 ハンジさんは慌てるモブリットさんに大丈夫と言いながら部屋をでて、エルヴィンさんの部屋にノックもせず入って、ナマエに巨人を見せてくると告げ、エルヴィンさんが頷いたか頷かないかのところで部屋をでた。許可をもらうというより、ただの報告である。モブリットさんが部屋に残って説明をしているあいだ、ハンジさんはさっさと廊下を歩いて建物を出てしまった。



「これが私の馬だよ。一緒に乗っていくから」
「はい。お馬さん、重いですがよろしくお願いします」



 馬は人の気持ちがわかるというのを思い出して、深々とお馬さんに頭をさげる。ハンジさんに手を貸してもらいながら背中に乗せてもらって、すこし駆け足で街を歩き始めた。



「ハンジさん、誰も馬に乗ってませんけど、大丈夫なんですか?」
「街中で馬が必要なことはあまりないからね。必要なときに借りるのが安上がりで便利だ」
「そうなんですか」
「人通りが多いところを抜けたら、スピードをあげるよ。舌を噛まないようにね」



 そういえばペトラさんが、馬のうえでかっこつけて話しては舌を噛む同期がいるって言ってたなあ。それを思い出して、ハンジさんの忠告通り、口を閉じて疲れた舌を休ませることに専念した。



・・・



 壁のうえについたのは、夕日が地面のなかへ落ちてしまうすこし前だった。太陽が消える寸前の濃いオレンジ色が、崩壊した町や家を照らし出している。壁を見たときも驚いたけど、これを見てもっと驚いた。
 裸の巨人がうろうろと歩き回りながら、こちらに向かって手を伸ばしているのだ。こんな上からでも、家と比較してその大きさがわかる巨人は、数え切れないくらいいた。



「あれが巨人なんだよ! ナマエはまだ巨人については詳しくなかったね。知っていて損はしないよ! そうだねえ、まずは基礎的なことから、」
「……ハンジさんたちは、あれと戦ってるんですか?」
「そうだよ。研究したいんだけど、捕獲するのが難しくてね。どうしてかというと、」
「みんな、死なないんですか?」
「ん? もちろんたくさん死ぬよ。あれ一体を倒すのに、何十人と死ぬ。それが巨人と人類の力の差だ」



 あれを倒すために、みんな私の知恵を聞きたがる。ようやく納得できた事実に、ぐっと拳を握り締めた。がんばって話そう。思い出したことはちゃんと伝えよう。
 何百年も先の希望にすがりつく世界は、私のいた世界とあまりに違いすぎる。でも私はここで生まれて戻ってきた。自分にできることがあるなら、自分の生まれた世界のために、がんばろう。
 横でずっと巨人について話しているハンジさんの腕を引いて、壁をおりる。嬉しそうなハンジさんには悪いけど、絶対にいらないことまで話してるから、あとでモブリットさんにでも聞こう。



「ハンジさん、お腹すきませんか?」
「ああ、そうだね。ここまで来たんだし、訓練兵の様子でも見に行く? キース教官もさみしがってるだろうし」
「さみしがってるかなあ」
「生き別れた娘と会えたのに、人類の未来のためにすぐに調査兵団に預けるなんて、なかなか出来ないよ。そうだ、ごはんを食べてるあいだキースさんの話を聞かせてあげる」



 ようやく巨人の話が終わったことにほっとして、近くの食堂へ入る。一度調査兵団へ戻るのかと思ったけど、時間がかかりすぎるしお腹すいたし、というハンジさんの言葉で却下になった。帰ったらリヴァイさん怒ってそうだけど、大丈夫かな。



「リヴァイはいつも機嫌悪いから大丈夫! ほら、キースさんの話聞きたいんでしょ?」
「……聞きたいです」



 スープとパンとおいもを食べながら、ハンジさんは上機嫌でキースさんのことを話してくれた。子供が生まれると喜んでいたこと。家族三人、お揃いの木彫りのペンダントを持っていたこと。私がいなくなったときの悲しみよう。



「ペンダント、いまでも持ってると思うよ。だからすぐナマエの持っているものに気付いたんだろうし」
「そう……かなあ。そうだったら、嬉しいなあ」
「……あのキースさんの子供っていうから、どんな子になるのかと思ってたけど。いい子に、育ったね」
「えっ!? あっいや、わがまま言ってるしみなさんの役にたてないし、あんまりいい子じゃないと思います。あの……」
「なに?」
「からかってますよね?」
「バレた?」
「はい」
「でもまあ、本音だから」



 ハンジさんといいリヴァイさんといいエルヴィンさんといい、調査兵団は何を考えているかわからない人ばかりだ。
 それ以上聞くのはやめて、スープを飲むことに専念する。薄いスープは、ほんのりと塩の味がした。



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