「ナマエを寝室まで送っていったのは私だ。おやすみと言ったときは言葉は通じていたよね?」
「はい。ハンジさんに挨拶をして、そのままベッドに横になるとすぐに寝てしまいました。たぶん起きてたのは2分くらいだと思います」
「となると、やはり睡眠が原因のひとつだと考えられるな」



 エルヴィンさんの結論に、ハンジさんがうんうんと頷く。まだ私の部屋で議論をしているのはいいんだけど、私のことでこんなに時間を使っていいのかな。ジャンくんなんて心なしか離れた場所でずっと敬礼をしているし、私もしたほうがいいのかもしれない。そういえば朝ごはん食べてないからお腹すいたなあ。



「ある程度の睡眠は必ず必要だ。仕方ないけど、そのたびにジャン・キルシュタイン訓練兵に来てもらうしかない」
「はっ!」
「そ、それは駄目です!」



 いままで黙っていた私が発言したことに驚いたのか、エルヴィンさんの決定なのに駄目と言ったことがいけなかったのか、部屋のなかに驚きと沈黙が満ちる。スカートのすそを握って、無言で理由を聞いてくるエルヴィンさんの目を見た。



「彼に協力してもらうのだから、こちらからも口添えをしよう。受けられなかった授業については、これまでの成績と比べ、妥当なものをつけてもらう」
「だ、駄目です」
「なぜだ? これはナマエのためだ」
「そうです、けど……」



 頭のなかがぐるぐるする。捨てられた私。まわりの目。社会の制約。どうにもならない世界。だからこそ私はこうして毎日ケセラセラと唱えて笑っているのだ。もしあの施設があんなにいいところで、先生もいい人じゃなかったら、こんな能天気な性格になっていなかったかもしれない。



「それでいいと思う人もいるかもしれないけど、ジャンくんは違うと、思います。誇りを持って卒業できなくなるようなことをするくらいなら、言葉が通じなくなるほうがマシです」
「そいつは困る。お前の知識をまだ引き出していない。そのあとは好きにしろ」
「わかってます。わかってるけど、どうにかなることをどうにかしないなんて、できないんです」



 私の両手は、いつのまにかスカートじゃなくてネックレスを握りしめていた。もう慣れた木の感触が、すこしだけ心を穏やかにしてくれる。迷惑かけて、わがまま言ってすみませんと、頭をさげる。リヴァイさんの目つきがさらに悪くなった。



「言葉も通じない、読み書きもできない、純潔じゃねえが東洋人のような顔立ち。このクソみたいな世界で変態オヤジに売り飛ばされて慰み者になるだけだぞ」



 こんな私に欲情する人がいるのかと首をかしげたところで、ハンジさんが丁寧に説明してくれた。この世界で東洋人というのはとても貴重で、お金がある変態さんたちに需要があるらしい。鼻ぺちゃで短足な黄色人種がいいなんて、それをコンプレックスに思っている人は驚くに違いない。売られるのは嫌だけど。



「それなのに、私を売らないでいてくれたんですね。ありがとうございます」
「てめえの頭はズレてんのか」
「売られるのは嫌ですけど、でも、ここに来た私が、ひとりで嫌な目にあうなら、それはそれでいいんです。私ひとりが何かして済むなら、そうしたい。だって、ここに来たのは私なんですもん」
「変態オヤジどもの相手をしてえのか」
「したくないです。未来には希望があるって、そう信じてる子供を犠牲にしたくないだけです。私が、私の人生で、私が選んだことで後悔するなら、それでいいんです。だって……これ、どうにかなることです、よね?」



 たぶんだけど。みんなにとっては些細で当たり前の決断だったかもしれないけど、好きな女の子がいる年頃の男の子を、やるべきことから引き剥がして、私にキスするためだけにあの道のりを毎日来る。それは私にとって普通じゃない。



「いざとなったら私が行けばいい話です。つまりはそういうことなんです」
「なるほどねー。私は別にいいけど、ナマエは馬乗れるの?」
「なん……とか」
「行き方は? 話せない状態で迷ったら道も聞けないよ? 誰かに襲われたら逃げられるの?」
「で、でも嫌なんです!」
「ガキか」
「ガキです!」



 泣きそうになりながら必死に抗議する。私のためジャンくんのため、キスするためだけにここに来ることだけは避けなくては。じっとハンジさんを見る。ハンジさんの言ってることは正しいけど、納得はしたくないんだ。



「できるだけ寝ません。あと、もしかしたらほかのことで話せるようになるかもしれないから、いろいろ試してみます。キス以外で。ハンジさんも私の体、調べたいんですよね?」
「調べさせてくれるの? やったー! ありがとうナマエ!」
「では、ひとまずはナマエが話せなくなる原因を探り、話せなくなった場合は新たな解決策を試す。そういうことでいいかな?」
「エルヴィンさん……ありがとうございます。すみません。私、がんばります!」



 ぐっと拳を握り締めると、リヴァイさんが吐き捨てるように舌打ちをし、睨んできた。こわい。こわいけど、ここで引いたら誰がジャンくんのくちびるを守るというのだ。



「ジャンくん! ジャンくんの時間と評価とくちびるは私が守ってみせるからね!」
「……おー」
「そうだジャンくん、ミルキーはママの味あげる。はいどうぞ、帰りに食べてね。今日は本当にごめんなさい」
「お前……なんつーか、度胸あるな」
「え? そう? へへへ」
「褒めてねえよ」



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