「ネスさんこんにちはー。見学させてもらってもいいですか?」
「ナマエか。おう、好きにしてけ」
「やった、ありがとうございます」



 ネス班長に挨拶をしたナマエは、こっちに手を振ってからいつもの位置で陣形の練習をするオレたちを見始めた。ナマエはこれを覚えて実践すれば壁外調査に行けると思っているらしいが、傷も完治していないっつうのに何を言ってんだ。まあ、ナマエの姿が見えると頑張れるから、オレにとっては悪いことではない。
 しばらく練習して休憩時間になったとたん、ナマエは危なっかしい足取りでこっちに走ってきた。急ぐあまり転びそうだ。



「ナマエ、走るな! まだ体力が回復してないんだろ!」
「ジャンくん、大丈夫だよー!」
「お前の大丈夫は信用してねえよ」



 走ってきたナマエが、案の定こけかけるのを咄嗟に支える。ナマエは驚いた顔をしたあとに、へにゃっと笑ってのんきにお礼を言ってきた。そんなのはいいから、こけないようにしてほしい。



「ネスさん、私も練習したいです。そうしたら、次の壁外調査に行けるかも」
「はっはっは、面白い冗談だな」
「冗談じゃないですー! ね、ジャンくん!」
「じゃあ寝言か? いいか、オレたちは三年も兵士になるために努力してきたんだ。それでも壁の外へ出れば半分は死ぬ。それなのに、立体機動以外は勉強してない、その立体機動も下手くそ、しかも怪我人とくれば、壁の外に行く理由がひとつもないな」
「うっ……」
「まだ、たまに何とかっつー機械のこととか思い出して、報告してんだろ?」
「うん、たまーにだけど」
「なら、とにかく先に怪我を治せ」



 貴重な情報源を、わざわざ壁外に連れて行くことはないのに、ナマエはそれに気付かない。
 残念そうな顔をしたナマエは、ひくひくと鼻を動かし、後ろを振り向いた。そこにはエルヴィン団長とリヴァイ兵長がいて、みんな揃って敬礼をする。ナマエだけはのんきに手を振ってふたりを迎えた。



「なんだかいいにおいがしたから、エルヴィンさんかなあって思ってたんです」
「はは、ナマエにはお見通しか」
「食い意地がはってんのも程々にしろ」
「リヴァイさんは石鹸のにおいがします。差し入れですか?」
「ああ、そろそろ陣形の練習も終わりだからね。ナマエがここにいると聞いて、パンを持ってきた」
「わあ! エルヴィンさん、ありがとうございます! エレンくんはいないんですか?」
「メガネに捕まってる」
「それは大変ですね。あとでパンを持って行ってあげなくちゃ」



 オレたちにとっては話すことさえ滅多にないお偉いさん方と、ナマエはリラックスして話していた。エルヴィン団長の笑顔なんてはじめて見る。
 ネス班長もそこに加わって、みんなで雑談をはじめた。オレたちはいつまで敬礼をしていればいいんだ。



「ジャンくん、ネスさんがとっておきのお茶をいれてくれるって! 一緒にお茶しよう」



 ナマエがやってきて、オレの腕をとる。ついでに横にいたクリスタの腕も掴んで、ずるずると引きずられていく。
 ナマエは気づいていないが、こういうところが兵士らしくなくて、ついでに言うとそもそも兵士なんかに向いていない。



「じゃあ、私も最後にとっておいたミルキー持ってきますね。ちょうど人数分あるし、みんなが無事に帰ってこれるように願いを込めて」



 ナマエが走り出そうとするのを、腕を掴んで止める。こういう行動をするから完治がまた遠ざかっていくことを、ナマエはそろそろ自覚したほうがいい。
 エルヴィン団長の許可を得て、ナマエと部屋までミルキーを取りにいく。あの甘ったるいものがなくなるかと思うと、すこしばかり残念だ。
 ナマエはにこにこと今日あったことを話しはじめたが、途中でオルオさんに会って手を振った。



「オルオさん! 今日はお休みですか?」
「馬鹿言え、いまから訓練だ。壁外調査でまた巨人をぶっ殺してやるから、ちゃんと見とけよ」
「見たいんですけど、まだ傷が治ってなくて」
「きちんと治せよ。せめて初陣だけは万全の状態でいけ。死ぬぞ」
「どうやったら早く治るかなあ……」
「ん? そうだなあ」



 ナマエの問いに、オルオさんが真剣に悩みはじめる。安静にしてるのが一番なのに、どうしてこう動きたがったり近道をしたがるんだか。
 どうやってナマエの意識を部屋に行くことに向かせるか考えていると、ペトラさんがやってきた。オレに優しく微笑んでから、悩んでいるふたりに目をやる。簡単に状況を説明すると、呆れたように首を振った。



「馬鹿なこと考えてないで、さっさと行くわよ。オルオ、私と練習する約束忘れたの?」
「忘れてはいないさ。だがオレには、」
「その話し方やめて。気持ち悪い」
「どっちのオルオさんも素敵ですよ?」
「駄目よナマエ、オルオが調子に乗るから」



 ペトラさんがオルオさんを促して練習場へと歩いていこうとして、ふっと立ち止まった。オレを見て、申し訳なさそうに眉をさげる。



「ごめんね、デートの邪魔して」
「ちっ違いますよペトラさん! 部屋までミルキーを取りに行くだけです!」
「あらあ、そうなの? 深ーいキスまでした仲なのにー?」
「なっなんでそれを……! あっ、ハンジさんですね!」
「私が聞いたのはグンタからよ」
「グンタさんのばかあ!」



 ナマエが真っ赤になって、ここにいないグンタさんに怒る。それを見て笑ったペトラさんは、今度こそオルオさんと一緒に歩いていってしまった。
 恥ずかしさからか怒るナマエの横顔を眺める。当たり前といえば当たり前だが、ナマエにはナマエの世界がある。調査兵団において、ナマエがオレより馴染んでいるのは確かだ。オレにだってオレの世界がある。ナマエが知らないことだって山ほど。それなのに、どうしてこんな焦燥に襲われなきゃなんねえんだ。



「そういえばジャンくん、ハンジさんから聞いた?」
「何も聞いてねえぞ」
「もうキスしていいって。あとは自然の成り行きに任せるってエルヴィンさんが言ってくれたみたいで」
「そうか」



 そうなるともう我慢できなくなって、ナマエを引き寄せてキスをした。さんざん我慢したんだ、これくらい可愛いもんだろ。
 ナマエは真っ赤になってかたまってから、嬉しそうに笑った。くそっ、これ以上我慢できなくさせるつもりか。



「ジャンくん、今晩暇?」
「おー」
「あのね、私も暇なの。一緒におしゃべりしない?」
「じゃあ、それまでベッドできちんと安静にしてろよ。それなら行く」
「……できるだけ頑張る」



 夜に自室に誘ったのに、ナマエに他意はないんだろう。オレはどこまで我慢すればいいんだ。
 ため息をつきたくなりながらも、さっきまであった嫉妬がすうっとなくなっていくのを感じて、ナマエの頭を乱暴になでた。うるせえ、これくらいさせろ。



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