しばらくジャンくんの体温を感じてから、そうっと離れる。私が怪我したとき、ジャンくんはすごく心配してくれた。背負ってガスを補給しにいくって言ってくれた。いまはこうして私のそばにいてくれている。これ以上望んだら、きっと罰があたってしまう。
 ジャンくんの手をなでて、できるだけ自然に笑いかけた。



「心配してくれて、そばにいてくれてありがとう、ジャンくん。私はもう大丈夫だよ」
「どこがだよ。言っとくが医者を呼んでくるまで安静にしとけよ。まだ目が覚めたばっかなんだからな」
「じゃあ、お医者さんを呼ぶのお願いしていい? そうしたらもう、大丈夫だから。ミカサちゃんのところに行っていいよ?」



 ジャンくんの目が開かれて、ゆっくりと閉じていった。うつむいてしまったせいで、表情を窺うことはできない。ミカサちゃんはやっぱりエレンくんと一緒にいて、ジャンくんは入り込めないのかもしれない。
 慰めていいものか悩んでいると、ジャンくんが顔をあげた。懺悔でもするような表情だった。



「マルコが、死んだ……とき、オレは呆然としたし、受け入れられなかった。ミカサが死んでも同じだ。でもな、オレの命をあげてまで死なないでほしいと思うのは、ひとりなんだよ」
「ジャンくん?」
「この一週間ずっと、ナマエまで死んだらどうしようと思ってた。オレの命で助かるなら、いくらでも持ってけばいいと……。オレは──オレは」
「泣かないで、ジャンくん。私が死んだら、いちばんに遺書を読んでいいから。私が死んだあとの楽しみができたでしょ?」
「お前が死んだあとの楽しみなんかいらねえよ……馬鹿野郎……」



 ジャンくんは、さっきまでこらえていた涙をぽろっと流した。年頃の男の子が泣くというのは、とっても重大なことだ。それだけ悲しかったということだ。
 マルコくんが死んだあと、起きない私の部屋に来るジャンくんを思うと、なんだか泣きたくなる。泣くと言葉が通じなくなるからできるだけ泣かないようにしていたけど、もう限界だった。



「ジャンくん、ジャンくん……」
「ナマエ……もう死ぬなよ。絶対に死ぬな……」
「死んでないよ……」



 ベッドのうえで泣く私に、ジャンくんが覆いかぶさってきて、ふたりで泣く。つらさを体温と一緒にわけあって、なにが悲しいのかもわからずに泣いた。

 さんざん泣いたあと、ぐずぐずと残った涙を流しながら、ジャンくんの顔が近付いてきた。たしかに言葉は通じないけど、キスしても泣いてる最中だからすぐに意味がなくなくなるのに、ジャンくんはなにも言わない。泣く合間にちゅっちゅっとキスをされて、泣いたあとのひどい顔でジャンくんを見つめる。



「──ナマエが好きだ。ナマエもオレのことが、好き、だよな?」



 強引に言えばときめくような台詞も、ジャンくんの手にかかれば形無しだ。途中から自信がなさそうになっていく言葉に、泣き笑いになる。笑った拍子に涙がこぼれ落ちて、視界にはジャンくんしか映らない。この世界は残酷で怖いけど、やっぱりとっても素敵な世界だ。



『私も、ジャンくんのことが好き』



 自然と笑顔になって、素直に気持ちを伝えることができた。泣いたから言葉は通じないはずなのに、ジャンくんが笑ってキスしてくる。もう数え切れないほどしてきた行為なのに、純粋に愛しさを伝えるためだけにするのは初めてだ。いつも言葉が通じないからしているのであって、人工呼吸だと言い張っていたのに。
 ふれるだけのものが、舌を絡め合うものに変わる。欲情にまみれているわけではない。口のなかを舌が這いずり回るだけの稚拙な行為は、ふれるだけじゃ実感できない生きていることを確かめあうためのものだ。
 キスの合間に、なんとか息を吸う。ジャンくんは嬉しそうに私のほおをなでて、もう一度キスしてきた。いままで知らなかったけど、キスって体力使うんだなあ……。
 ぐったりする私を見て、ジャンくんは慌てて飛び退いた。



「悪い! 起きたばっかだって忘れてた!」
「大丈夫……。そういえば私をここに運んでくれたのって、誰か知ってる? お礼を言わないと」
「オレだ。起きて言葉が通じないと変に思われるだろ。だから運んだ。命令でな」
「お、重かったでしょ? ごめんね」
「背負ってくって言ったろ。それに、ずっと気になってたんだけどよ、こういうときはありがとうって言うもんだろ」
「うん……そっか。ジャンくん、ありがとう」



 ジャンくんは笑って返事をしてから、お医者さんを呼んでくると言って出て行ってしまった。力を抜いてぐったりとベッドに横たわって、くらくらする視界を閉じる。これ、夢だったらどうしよう……。



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