自然に目が覚めた。寝すぎて頭と体がだるくて、もう一度寝ようと思ったら眠れるけど、なにかが頭のすみに引っかかって、閉じるまぶたをなんとか開く。
 見慣れた天井に横を向くと、自分の部屋だということがわかった。痛む脇腹。寝返りもできない痛さの次に、のどが渇いていることを自覚した。おなかもすいている。ミルキー、食べたいな。

 今まであったことを順番に思い出していると、ドアが開いて誰かが入ってくる音がした。そうっと顔を動かしてみると、そこには目を丸くしたジャンくんがいた。



『ジャンくん、おはよう』
「ナマエ!」



 ジャンくんは慌てて駆け寄ってきて、私のほおを信じられないというようになでた。手首を握って心臓が動いているのを確認して、急いでキスをしてくる。こんなに慌てるジャンくんは、めったに見られない。



「気分は? 体調はどうだ? 体は痛むか? 待ってろ、いま先生を呼んでくる」
「待っ……けほっ」
「どうした? 気分が悪いのか? ああほら、水だ」



 そうっと口にコップを当ててくれて、なんとか水を飲み込む。こぼれた水を拭き取りながら、ジャンくんの目が心配そうに揺れた。こんなに矢継ぎ早に質問されるってことは、すっごく心配してくれていたのかなあ。
 不謹慎だけどなんだか嬉しくなって、ジャンくんの手首を握った。



「先生を呼んでくる前に、なにがあったか教えてくれない? 気分はそこまで悪くないから」
「……わかった。超大型巨人に壁を壊されてから、一週間たって……いろいろ、あった」



 息を吸うたびに脇腹が痛む。そうっとさわってみると、もう縫い合わせてあった。じくじくと痛むそれに、思わずためいきをつきたくなる。必死に立体機動を練習したのに、これじゃまた下手くそに逆戻りだ。



「お前、気絶してたろ? よかったな。途中で麻酔が切れたらしくて、傷が浅いやつは麻酔なしで縫われてたぜ」
「ええ、それは怖いなあ。気絶しててよかったよ」
「よくねえよ!」
「えっ今よかったって」
「ガス補給して戻ったら、ナマエが血を流して倒れてんだぞ! 近くでエレンが暴れてなかったらどうなってたか! 話しかけてもさわっても反応がなくて……オレは……」



 そのときの光景を思い出したのか、ジャンくんが俯く。心配させたみたいで、なんだか申し訳なくなって頭をなでた。ふわふわの髪は指のあいだをくすぐるように逃げていって、なかなかに楽しい。
 ジャンくんは抵抗せずに私の好きなようにさせていたけど、恥ずかしくなったのか話をむりやり変えた。顔が真剣なものに戻る。



「オレから言えることは少ねえが、エレンが巨人になって壁にあいた穴をふさいだ。残った巨人は残らず殺して、ようやく復旧の目処がついたところだ」
「……エレンくんが巨人に? どういうこと?」
「本人もよくわかってねえみたいだ。とにかく巨人になれるらしい」
「そう、なんだ……」
「あとはエルヴィン団長からでも説明があるだろ。オレからは、どこまで言っていいかもわかんねえしな」



 ジャンくんのこういう冷静なところは、とても兵士向きだと思う。ジャンくんの言葉に頷いて、それからようやく今までのことをぜんぶ思い出した。目の前で食べられたひと。途中ではぐれた、フランツくんとハンナちゃん。



「っそうだ、フランツくんは? 奇行種に襲われて、それで……! あとみんなは大丈夫なの? 怪我は?」
「落ち着け、悪化するぞ」
「でも、だって……!」
「……フランツは死んだ。マルコも、ミーナも」
「……マルコくんが? ミーナちゃんまで……」



 目の前が真っ暗になった。ハンナちゃんを守るって、いつもラブラブだったフランツくんを見たのは、あれが最後だったなんて。いつも元気で明るかったミーナちゃんまで死んでしまったなんて、信じられない。それに、マルコくんも……。
 思ったことをすぐ口に出すジャンくんと、優しくておとなしいマルコくんはよく一緒にいた。私のまえでは微笑むように笑うだけだったマルコくんも、ジャンくんの前ではおおきく口を開けて笑っていた。ジャンくんをたしなめたり、私を気遣ってくれたり、こっそりふたりで甘いものを食べて笑ったり。みんなとの思い出が走馬灯のように頭をかけめぐって、泣かないようにくちびるを噛み締めた。
 私はすこしだけ一緒にいただけだ。3年一緒だったジャンくんのほうが、みんなが死んでずっと悲しんでる。うなだれるジャンくんの頭をなでて、ふたりで涙を流さずに泣いた。



「……ナマエ。オレは、調査兵団に入った」
「え? 憲兵団は……あっ、本当は10位以内じゃなかったの? 間違いだった?」
「違ぇよ。ただ──何をすべきかわかってんのに、目を背けんのは……できねえだけだ」



 ジャンくんが変わったと感じたのは、私だけじゃないはずだ。一緒に訓練を受けたひとは、もっと敏感に感じ取っているはず。
 ジャンくんの言葉をそうっと胸にしまって、悲しさや愛しさやどこにもぶつけられない怒りを持て余しながら、ジャンくんを引き寄せる。そうっと目を閉じて、ジャンくんのおでこに自分のおでこをくっつけた。ジャンくんを好きになって、よかった。本当に、よかった。



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