キースさんは私を訓練兵としてくれ、人数がひとり足りていなかったハンナちゃんとフランツくんの班に入れてくれた。ほかの人は見たことはあるけど話したことはない。
 だけどこの状況では、そんなことは吹っ飛ぶらしい。全員で顔を見合わせて、絶対に生きて帰ると約束をした。



「あのね、私は立体機動が下手くそなの。だからもし私が巨人に捕まっても、助けないでね」
「そんな……! ナマエを助けるに決まってるよ!」
「ハンナちゃん、泣かないで。私を助けるよりさきに、私に集中している巨人を倒してほしいの。すこし危険が減るし、結果的に私が助かるでしょ?」



 ハンナちゃんは泣きながら頷いてくれた。フランツくんがなだめながら、もう一度立体機動の整備がちゃんとできているか確かめて前を向く。この班ですこしでも多くの巨人を倒して、住民が撤退するまで時間をかせぐ。欲張っちゃ駄目、命の代わりなんてどこにもないんだから。
 木彫りのお守りを握りしめて、すっと背筋を伸ばす。会う前に死んじゃったお母さん、どうか私のことを見守っていてね。

 ワイヤーを刺して、体を前線へと運ぶ。兵法を知らない私はこの状況はよくわからないけど、前線にいた人たちはすでに死んでしまったと考えるのが妥当らしい。となると、中衛の私たちが前に行って巨人を食い止めなければならない。なにしろ、まだ住民の避難は完了していないんだから。



「ナマエ、落ち着いてね! 私とフランツがいるから!」
「うん、ありがとうハンナちゃん!」



 ハンナちゃんは半分泣きながら、私をはげましてくれた。その瞳が、すぐに恐怖で丸くなる。前に一体、ちいさめの巨人が散歩でもするみたいに歩いていた。

 狙いをあの巨人に絞って、全員で斬りかかる。ひとりが食べられた。もうひとりは片足がなくなった。残った足でなんとかもがいているうちに、もう一体の巨人に食べられてしまう。
 こんな……こんなに巨人と人の力の差があるなんて。うまく立体機動を操れずにいるあいだ、フランツくんが奇行種に狙われた。それを避けているうちにどんどん離れていくのを、ハンナちゃんが追いかける。



「離れちゃ駄目、戻ってきて!」



 もうひとり、巨人に食べられた。まわりを見回すと、もう私しかいなかった。
 ──落ち着こう。泣くのはもうすこしあとにしないと。
 さっきまで話していた人が目の前で生きたまま食べられるというのは、思った以上のダメージを私に与えた。ふらついて視界がくらむなか、ジャンくんを思い出してなんとか座り込むのを避ける。私が巨人を倒したら、そのぶんだけジャンくんが生きる可能性が高くなるんだ。

 ハンナちゃんとフランツくんを追いかけるのは危険だ。どこに行ったか、方角さえわからない。それより前線に行って、どこかの班と合流しよう。ひとりじゃ巨人は倒せないんだから。
 そう決めて操作装置を握ったとたん、どこからかやってきた奇行種に掴まれそうになった。慌てて避けたものの、振りかぶった手が屋根にあたり、破片が飛んでくる。脇腹をえぐったそれに、思わず屋根に落ちた。痛みを耐えることでいっぱいな私の目に、さっきとは違う巨人が映る。



「っ、死なない……!」



 リヴァイさんに教えられたとおり、くるくると回る。そのたびに、遠心力で血が飛び散った。巨人が手を伸ばすよりはやく首のあたりを刈り取って、そのまま離脱する。
 いまのは浅かったし、うなじから少しはずれていた。たぶん倒せていない。いまの巨人は動きが遅いからなんとかなったけど、ふつうの巨人が現れたら、たぶんもう──。
 そこまで考えて首を振る。まだ私は頑張れる。



・・・



 ガスがなくなりかけているなか、ふらふらしながらたどり着いたのは、みんなが集まっている屋根のうえだった。せっかく撤退の鐘がなるまで生き延びたのに、ガスはないし血はないしで、もうふらふらだ。
 かくりと抜ける膝でなんとか屋根の端までたどり着くと、頭を抱えていたジャンくんが私に気付いて、目を見開いた。



「ナマエ……? おい、どうしたんだよ! なにがあった!」
「壁の破片、が……」
「しゃべるな! 待ってろ!」



 ジャンくんはどこからか布を取り出し、私の服をまくった。すこしさわって確認したけど、わりと綺麗にぱっくりと切れてるから、たぶん縫い合わせたら大丈夫なんじゃないかな。傷は深いけど。
 痛々しそうな顔をしたジャンくんが、布でお腹をぐるぐる巻きにしていく。



「ありが、と……」
「しゃべんな。いいから、もう……オレが連れて帰ってやる。だからもう少しの辛抱だ」
「ガス、なくて……」
「なんとかする。大丈夫だ。ほら、いつもみたいにへらへら笑えよ。大丈夫だ、出血も少ないし、ナマエは重いけど、なんとか背負ってやるよ」



 ジャンくんは優しい嘘つきだなあ。どくどくと血がでて止まらないのに、嘘に騙されたふりをする。笑って頷いて、そっと目を閉じた。
 ミカサちゃんが来て、みんなを奮い立たせて、先導するようにひとりで飛んでいく音がする。ジャンくんはそれに続こうとして、私を気にして止まった。



「ジャンくん、私なら、大丈夫。ここで、待ってる」
「待つって……ひとりでこんなところにいたら、」
「ガス、ないんだ。ジャンくんの背中、に、しがみつく力も、もう、ないから」
「オレが背負ってやる! ナマエはなにも心配すんな!」
「うん、だから、ガスを補給したら戻ってきて。ここで、待ってるから。大丈夫だから」



 ジャンくんは泣きそうな顔で私を見てから、ゆっくりとキスをしてくれた。へへ、嬉しいなあ。今日はたくさんキスしてもらったから、きっといい日だ。



「すぐ戻ってくる。本当にすぐ戻ってくるから──死ぬんじゃねえぞ」
「うん。いってらっしゃい。待ってる、から」



 ジャンくんが振り切るようにして飛んでいく。それを見送って、流れる血を感じながら、ゆっくりと目を閉じた。



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