カンカンカンと、これでもかというほど鳴らされる大きな鐘の音で、ようやく異変に気付いた。なにかが起こっている。立体機動の練習場をあとにして、騒ぎの原因を知っている人を探して回った。人目につかない場所で練習していたせいで、誰にも出会えない。
 どうしよう、何かあったのかもしれない。調査兵団が帰ってくるには早すぎるし、もし帰ってきたのだとすれば、帰らなきゃいけない状況になったときだ。訓練所を目指して走っていると、向こうから走ってきたジャンくんが私の名前を叫んだ。



「ナマエ!」
「ジャンくん!」



 なにがあったのか聞こうとするより先に、ジャンくんに抱きしめられた。腕にこもる力は強くて、本当ならすごく嬉しいはずなのに、いまは不安が勝る。ジャンくんの背中に腕をまわして、ぎゅうっと抱きついた。



「何があったの……?」
「無事でよかった……! 超大型巨人が出現して、トロスト区の扉が破壊された。すぐに巨人が入ってくる」
「そ、んな……!」
「一般人にまぎれて逃げろ! お前は馬にも乗れねえし兵法も知らねえ、立体機動だって今年入った訓練兵以下だ! 逃げろ!」



 ジャンくんに痛いほど肩を掴まれて、真剣に私のことを考えてくれている瞳を見つめる。ジャンくんはこの騒ぎのなか、私を探してくれた。逃げろって言ってくれた。私のことを心配してくれている。
 それだけで、すぐには信じられない情報を聞いたあとなのに、すとんと心が落ち着いた。ジャンくんの腕をつかんでおろして、ぎゅっと手を握る。



「下手だけど立体機動も使えるし、自由の翼を背負ってるし、私、戦うよ」
「馬鹿野郎! ナマエじゃすぐに死ぬだけだ! 逃げろっつってんだろ!」



 ジャンくんが必死な顔をして、むりやりにでも私を逃げさせようとさせるのを感じて、手に力をこめた。こんなときだけど、ミカサちゃんのところへ寄ったあとかもしれないけど、本当に、すっごく嬉しい。最初は顔を見ただけで胸糞悪くなったって言われたのに、いまは手を握ってもなにも言われない。
 そんなジャンくんを放って、私ひとりだけ逃げるなんて、できない。



「私ね、ジャンくんを守りたいんだよ。巨人を一体でも減らすことが出来れば、そのぶん死ぬ人が減るでしょう? ジャンくん、私はジャンくんがいるから、この壁のなかにいるから、外からくる敵を減らしたいと思ったんだよ。壁外調査にでたいって思ったんだよ。だからここで逃げることは、できない」
「……くそっ!」



 私の決意がわかったのか、ジャンくんが苦しそうに顔を歪めてくちびるをかみしめた。もう一度痛いほど抱きしめられて、息がつまる。
 ジャンくんは着ていたジャケットを脱いで、私に渡してきた。早く脱げと言われて、わけもわからないまま自由の翼の紋章が入ったそれを脱いで木に吊るす。



「調査兵団は壁外調査中だ。お前がいたらおかしいだろ」
「あっ、たしかに」
「それに、もし見つかったら前線に送られる。オレのジャケットを着てろ。いいか、訓練兵として参加するんだ」
「ジャンくんはどうするの?」
「オレは予備がある」



 ジャンくんは私を見つめてから抱きしめて、いつもより余裕がないキスをしてくれた。死ぬなよ、と言われた言葉に頷く。ここで死んだら調査兵団のみんなに恩返しもできないし、ジャンくんに会うこともできなくなってしまう。
 ジャンくんのジャケットの袖を折り返して着て、ふたりで走る。キースさんを探す私がわかったのか、ジャンくんは予想でいる位置を教えてくれ、途中でわかれた。予備のジャケットを取りに戻ったんだろう。

 きょろきょろしながら、混乱する人のなかキースさんを探す。何分もたってようやく見つけたキースさんは、いつもより厳しい顔で指示をだしていた。



「キースさん!」
「ナマエ! その格好は……」
「うん。私も、参加させてください。立体機動は下手だけど、いま逃げている人よりは戦えるから」



 キースさんはぐっと唇を噛み締めて、私の顔を見ていた。こんな状況なのに、キースさんに名前を呼ばれたことが嬉しくて、にっこりと笑う。怖いけど、いつも見送って祈るばかりで、なにも出来ない自分にできることがあるのが嬉しいんだ。



「その……お父さん。私、捨て子じゃないってわかったとき、すごく嬉しかった。お父さんのいる世界を、私がうまれた世界を守りたい。大事なひとが、ここにはたくさんいるから」
「……わかった。無理はするな。死ぬのは許さん」
「うん! ありがとう!」



 大きな体に抱きついて、感謝を伝える。いままで私との距離をはかっていたキースさんは、そんなことは忘れたように、力強く抱きしめてくれた。
 それが嬉しくて、腕のなかでお父さんと呼ぶ。返事をしてくれるキースさんは、いまだけは、教官じゃなくて私のお父さんだった。



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