それから私は、昼間は立体機動の練習をして、休み時間や夜になったらお守りを作るという生活に没頭した。遺書もきちんと清書したし、もうすこし立体機動がうまくなれば、私だって外に行けるかもしれない。そのまえに、言葉を学習するのが先だけど。
 もう日本のことを私に聞くことはほぼないということで、私はジャンくんに会わずに言葉の勉強をしていた。ジャンくんと会えないのはすごくさみしいけど、もう少ししたら会えるから我慢だ。



「全然なってない。もっと体を回せ。こうだ」
『もしかしてリヴァイさん、回れって言ってます? そんなに回ったら目を回しますよ?』
「いいからやれ」
『うひゃあああ!』



 こうしてたまに通りかかるリヴァイさんに立体機動を見てもらいつつ、日々はゆるやかに過ぎていった。ナナバさんとモブリットさんは優しく、ミケさんは的確に立体機動を教えてくれるのに、リヴァイさんはただひたすら私を回してくる。これも訓練の一環なんだろうけど目が回ってふらふらになるので、毎回立体機動の難しさを噛み締めている。
 ハンジさんは大抵、私が目を回しているのを見て笑っている。とっても失礼だと思うのに、おいしいお菓子をくれるから怒りきれないでいる。それに、モブリットさんがとっても申し訳なさそうな顔をして私を見るから、怒ったら悪いなあと思ってしまうのだ。

 そうして練習に明け暮れた三週間後、私はまたキースさんに預かってもらうことになった。ミケさんに送ってもらいながら、言葉の練習をする。ミケさんはめんどうくさがらずに教えてくれながら、ゆっくりと道を歩いた。



『送ってくれてありがとうございました。出発のときは見送りに行きますね』
「何を言ってるかわからんが、大人しくしておけよ」



 ミケさんに手を振って、馬に乗った姿が小さくなっていくのを見送る。ミケさんはきっと帰ってきてくれるから、大丈夫。エルヴィンさんが考案した陣形があるから大丈夫だって、ナナバさんも言ってた。
 息を吸い込んで振り向くと、近くにジャンくんがいた。驚いて駆け寄って、いままでのことを話そうとしてから、言葉が通じないことに気付く。いままでみたいにここの世界の言葉を話さなきゃいけないわけじゃないから、キスをねだるのは少し違う。でも話したい。揺れ動く私の気持ちがわかったのか、ジャンくんが近付いてきて、腕にふれられた。



「……ナマエ」
『ジャンくんあのね、本当はキスしたいんだけど、ジャンくんに悪いなって思って』
「くそっ……ああもう、んな目で見るな」



 ジャンくんの顔が近付いてくる。悪いと思っているなら拒めばいいのに、それもせずにキスを受け入れた。数センチしか離れていない距離でジャンくんの目がすうっと開く。茶色の目が光を反射して、きらきらと光った。



「ジャンくん……久しぶりだね」
「おう。この三週間、なにやってたんだよ」
「立体機動の練習をしてたよ。あとこっちの言葉の練習してね、自己紹介と調査兵団のところまで連れて行ってくださいっていうのは話せるようになったんだ」
「そうかよ」



 ジャンくんは興味なさそうにしながらも、離れずに私の話を聞いてくれていた。ジャンくんがふれられる距離にいるのが嬉しくて、でもなんとなく恥ずかしい。もじもじしながら上を見ると、ジャンくんは思いつめたような顔をして、静かに聞いてきた。



「……お前は、調査兵団なんだよな?」
「うん。もう調査兵団の一員だしね」
「このあいだの壁外調査、どうだった」
「この間ここまで送ってくれた人が死んじゃった。個別のお墓はなくてね、合同のお墓に手を合わせてきたよ」



 写真でもあればいいのに、この世界では、思い出のなかでしか顔を見ることができない。それがさみしいけど、だからこそ今を大事にするんだ。
 ジャンくんはもうすぐ卒業で、そのときに発表される順位で憲兵団に行けるかが決まるって言っていた。もしかしたら、10番以内になれるかが心配なのかな。私には順位がよくわからないけど、ジャンくんがそれを目指して頑張ってきたのだけは知っている。



「ジャンくんが、調査兵団を目指す人は死にたがりって言ってた意味がわかったよ」
「じゃあ、」
「でもね、ジャンくんは憲兵団になって壁のなかを守るんでしょう? 私は、ジャンくんがいる壁のなかを守りたいんだ。大事な人が、いっぱいいっぱいいるから。ジャンくんが死なないように、私は壁の外を調査して、がんばって巨人を倒してくるよ。ジャンくん、心配してくれてありがとう」
「……そうかよ」



 ジャンくんはそれっきり口を閉ざしてしまって、なにかを考え込んでいるみたいだった。エレンくんが調査兵団に入るなら、ミカサちゃんも調査兵団に入るのかなあ。だからジャンくんも調査兵団に入りたいって、もしかしたら思っているのかもしれない。
 友達に借りた少女漫画では、決まって可愛いヒロインがふたり以上の男の子に言い寄られていた。いいなあ、ミカサちゃんが羨ましい。



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