「え!? また壁外調査に行くんですか!?」
「そうだよ。ナマエが来たからそっちを優先させていたけど、聞きたいことも聞けたし、あとは技術班に頑張ってもらうだけだ。私たちは巨人の謎をすこしでも解明しないとね」



 ハンジさんがなんでもないように言う壁外調査を、止めることもできないのに思わず食い下がる。あれだけみんな落ち込んでいたのに、危険だってわかってるのに、どうして一ヶ月後にまた外へ行こうとするのか。
 ジャンくんが言ってた「死にたがり野郎」って意味がようやくわかった。みんなが調査兵団に入りたがらないのも、きっと、この壁外調査があるからだ。しぶる私を見て、ハンジさんは壁外に行く理由をひとつひとつ言ってくれた。



「エルヴィンが考案した陣形によって、死亡率はぐっと減ったんだ。極力戦わないようにしているからね。それに壁外調査のために調査兵団があるといっても過言じゃない」
「でも、戦うんです、よね」
「奇行種だけはね。壁外調査の間をあけると、立体機動が鈍ってしまう。壁の外で立体機動をうまく操れないなんて、死活問題だ。せっかくの陣形も意味がなくなってしまう」



 ハンジさんの言葉はわかりやすくて正論で、壁の外に行ったことがない私が反対するなんて間違っている。でも心配で不安で、思わず引き止めるようなことを言ってしまった。
 なにもできないけど調査兵団に所属させてもらって、いろんなことをしてもらった。立体機動をがんばっていたのだって、いつか調査兵団の力になりたいと思ったからなのに。くちびるを噛み締めると、ハンジさんが頭をなでてくれた。



「じゃあ、帰ったらまた歌ってよ。あれ、けっこう好きなんだ」
「──はい。約束ですよ。絶対帰ってきてくださいね。絶対ですからね」
「もちろん。じゃあね」



 ひらひらと手を振って去ってしまったハンジさんを見送って、じっと地面を見つめる。
 ジャンくんは、憲兵団に入るんだって言ってた。壁のなかで、人が快適にすごすためのお仕事をするんだ。ジャンくんが壁のなかを守るなら、ジャンくんが守る壁の外からくる脅威と戦おう。命は惜しいし怖いけど、ジャンくんが死ぬほうが何倍も怖い。壁の外からみんなが帰ってくるまで待つことしかできない悔しさや、なにもできずに祈ることしかできない雪山のときと比べたら、できることがあるほうがずうっといい。



「……そうと決まったらさっそく立体機動の練習をしよう!」



 あっでもその前に、遺書を書いておかないと。いつどんなふうに死ぬかわからないし、もしかしたら日本に帰るかもしれない。そのときのために、遺書は必要だ。
 さっそく部屋に戻って下書きをして、そっと机のなかにしまった。これをこっちの言葉で清書するまで、置いておこう。いま文字を書いてもらっても、日本語にしか見えないし。

 立体機動を持って廊下を歩いていると、ナナバさんに会った。優しいナナバさんは、私を見てにっこりと笑って、練習かいと尋ねてくる。それに頷いて、聞きたいことがあったのを思い出した。



「この世界では、お守りっていうものはないんですか?」
「お守り? 十字架とか、そういうものならあるけど」
「そうですか……」



 十字架とか聖水とか、そういう感じだろうか。日本のお守りとは違うし、馴染みがないし、神さま同士喧嘩するかもしれないし。そもそも日本の神さまはこの世界にいるのかな……私が信仰すればいることになる、のかな?



「どうしたの、そんなに難しい顔して」
「私になにか出来ることないかなって探して、日本のお守りを作ろうかと思ったんです。でも祈祷できないからご利益もないし、ただの布になっちゃうだろうなあって……」
「ナマエが作ってくれるの?」
「はい。下手ですけど」
「その気持ちが嬉しいよ。誰だって、帰りを待つ人がいるなら頑張れる。私にも作ってくれるかい?」
「っ、はい!」
「でも私だけもらうのも悪いから、ナマエさえよければ、ほかの人のも作ってくれないかな?」
「ナナバさん……!」



 本当に、なんて優しい人なんだろう。感動してナナバさんに抱きつきたいのをこらえていると、うしろから低く不機嫌な声が聞こえた。おい、という声には聞き覚えがある。



「リヴァイさん……あ、あの……いまの話、聞いて……?」
「金はあるのか」
「材料費ですか? それは……ないです、ね」
「さっさと買ってこい。余らせたら承知しねえぞ。使いきってこい、いいな」
「え? あの、」
「命令だ。早く行って帰ってきてクソして寝ろ」



 リヴァイさんは言いたいことだけ言って、廊下を歩いていってしまった。私の手には、どれほどの価値があるかわからないお金が握らされている。え、え……? いまのはなに? このお金はどうすれば……?
 状況を飲み込めていない私を見て、ナナバさんがくすくすと笑う。助けを求めるようにナナバさんを見れば、リヴァイさんが歩いて行った方向を見ていた。



「リヴァイなりの気遣いだよ。リヴァイに歌をうたったんだろう?」
「はい。あの、どうしてそれを?」
「そのお礼じゃないかな。そのお金でお守りの材料を買って、好きな服やお菓子でも買えってことさ」
「そ、そんなこと出来ません! だってこれ、リヴァイさんのお金です」
「きみにそれだけのお金を渡したいんだよ。突き返したら、きっとリヴァイは傷つくだろうね」
「うっ……!」



 そう言われたら、リヴァイさんにお金を返せなくなってしまう。どうしようとうろうろする私を見て、ナナバさんが提案する。



「一緒に買い物に行かない? 私もほしいものがあるし、ナマエも買いたいものがある。気晴らしにはちょうどいいよ」
「あ、ありがとうございます!」
「いいって、ほら。行こう?」



 それからナナバさんと出かけて、いろんなものを買った。ちゃんと使わないとリヴァイさんに削がれるっていうから、必死で使った。こんなに必死に買い物をしたのは、人生で初めてだ。
 たくさんの夜食を買い込んで、その日からお守りを作りはじめた。布を切って、縫い合わせて、名前を刺繍するだけのそれをお守りというのは気が引けたけど、ナナバさんも気持ちが嬉しいって言ってたし、そういうことにしておこう。うん。



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