雪山の訓練が終わってしばらくして、調査兵団が帰ってきたと連絡がきた。お世話になった人たちにお礼を言って、名残惜しくなりながらも調査兵団へと戻る。キースさんとこんなに話せたのははじめてだったから、すこし寂しい。

 そしてみんなに会った私は、自分の考えの甘さを突きつけられた。憔悴した人、怪我をした人、心が折れてしまった人。
 調査兵団が病院のようになっていて、目を丸くして立ちすくむ。それからハッとして、みんなを探して回った。

 エルヴィンさんは、疲れてはいたけどどこも怪我していなかった。ハンジさんもモブリットさんも元気で、ペトラさんはすこし落ち込んでいたものの、怪我はなかった。ミケさんもナナバさんも、みんな生きている。ほうっとしてから、ふと気付いた。
 ──この前、訓練所まで送ってくれた人がいない。必死に探し回るけど、名前すら聞いていない状態で探してもすぐには見つからない。焦って泣きそうになる私を見て、近くを通りかかったミケさんが声をかけてくれた。



「どうした。探し物か?」
「み、みんなが壁外調査に行くときに訓練所まで送ってくれた男のひとが、いないんです。名前聞いてなくて、でも、でも……帰ってきたら壁の外の話を聞かせてくれるって、約束して……」
「……あいつは、死んだ」
「……え?」
「オレの班だった。奇行種を発見、戦闘中に、食われて死んだ」



 ──死んだ。眠くなるような心地いい馬の振動のうえ、背中に感じた体温。やわらかな声で、よく知らない私に、壁の外の話をすると約束してくれたひと。心配する私を大丈夫だとなだめてくれた、薄い茶色の髪が揺れたあのひとと、私はもう話すこともできないんだ。
 かくりと膝から崩れ落ちそうになったのを、なんとか堪えた。ほんの30分ほど話した私より、ずっと一緒だった調査兵団の人のほうが、ミケさんのほうが、ずっとずうっと悲しいはずだ。
 泣くのをこらえて、ミケさんを見上げる。ちゃんと笑えてるといいんだけど、自信がないなあ。



「ミケさんが無事で、よかったです。本当に、よかった」



 でもそのままそこにいると泣いてしまいそうだったから、頭をさげてその場をあとにした。泣いたら、ミケさんが責任を感じてしまうかもしれない。

 まだ会っていないリヴァイさんを探して、リヴァイさんの部屋のドアをノックした。忙しいだろうし、顔だけ見たら退散しよう。
 ノックをしてから一秒後、入れという短い声が聞こえて、そうっと覗き込む。そこには、お茶を飲んでいるリヴァイさんがいた。ほうっとして部屋に入って、顔を見に来たことを伝える。リヴァイさんはコップを揺らしながら、窓の外を見てぼうっとしていた。



「……お前の世界は、巨人はいないんだったな」
「その代わり、人同士で殺し合っていました」
「兵器や爆弾を使ってか」
「はい。私は平和な国に生きていたけど、時代が違ったら、死んでいたと思います」
「ここには、いつか平和になるなんて保証はどこにもねえ。この世界は巨人がいるからな」



 リヴァイさんがこんなに話すなんて珍しい。コップを揺らして、たまに口をつけて、また窓の外を見て話す。それを繰り返すリヴァイさんはいつもと表情が変わらないように見えて、ようやく悲しんでいることに気付いた。
 この人は悲しんで傷ついているのだ。それを癒す術もなく、慣れることもなく、ごまかそうとしているだけなのだ。
 リヴァイさんに近寄って腕を持って、むりやり立たせる。リヴァイさんは顔をしかめながらも、なにも言わずに立ってくれた。そのままベッドまで連れて行って、腰かけてもらって、毛布で体を包み込む。



「……おい。これはなんだ」
「悲しいときは寒くなりませんか? 手足が冷えてかたまって、氷漬けにされてるみたいで、世界にひとりきりで。──嫌だったら、言ってくださいね」



 毛布でくるんで熱をわけあって、すこしでも悲しみが癒えるように。背中合わせに座って、そうっと歌を口ずさんだ。もう懐かしい、私を育ててくれた世界のうた。
 とーおきーやーまにー、日ーは落ーちて。
 ちいさく、たまに音程が外れる歌を、リヴァイさんは黙って聞いていた。なにも言わず毛布にくるまっているから、表情を知ることはできない。
 そのままふるさと、蛍の光、夕焼け小焼けと、思いつく歌を片っ端から歌っていると、部屋がノックされてエルヴィンさんが入ってきた。頭のいいエルヴィンさんも、一瞬で状況を把握できなくてかたまる。

 急いではいないというエルヴィンさんも布団に引きずり込んで大きな古時計を歌っていると、ハンジさんがミケさんを連れてやってきた。そのふたりも巻き込んで、懐かしい日本のうたを歌う。誰も抵抗しないのは、悲しみやつらさと戦っているからだと思う。
 不思議な空間だけど、どうかまたこんな時間があってほしい。遺体もない、優しい声をしたあの人のことを思って、すこしだけ泣いた。



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