ふあ、とあくびがでた。みんな朝早くからきびきびと動いていて、じつに素晴らしい。
 ふらふらしながらジャンくんの姿を探してさまようと、みんな言葉が通じないのに方向を教えてくれる。半分寝ながらジャンくんのところへたどり着くと、口のなかに何か放り込まれた。

 よくわからないままもぐもぐと咀嚼すると、おいもの味が口に広がった。今日は蒸したお芋らしい。
 小さなお芋はすぐに食べ終わってしまって、まだ目が覚めないまま口を開ける。また入れられたそれを食べていると、ようやく意識がはっきりしてきた。



『おはようジャンくん。今日もかっこいいね。えへへ、なに言ってるかわからないから、言いたい放題なんだよ』
「相変わらず寝起きが悪いな。ほら、最後のひとくち食っちまえ」



 ジャンくんによってお芋が口に放り込まれた。よく噛んで飲み込んでから、頭をさげる。お芋のお礼と、いまからよろしくお願いしますの意味を込めて。
 この世界に来て、どれくらい経ったんだろう。その日数は、ジャンくんとキスしたのよりすこし少ないくらいだ。慣れてきたけど、まだ申し訳なさとドキドキが大半を占めるキスは、今日もジャンくんの好意によって無事に終了した。



「ジャンくん、今日もごめんなさい」
「命令だっつってんだろ、うぜえな」
「うん、ごめんね」



 ジャンくんははっきりとものを言うので、曖昧な言葉でにごす国で生きてきた私にとっては、たまにぐさっと胸に突き刺さるときがある。でもこれはジャンくんだけでなく、この世界に生きる人は大抵そうなので、私もそれに倣うことにした。目標は、リヴァイさんの視線に怯えずに意見を言うことである。



「そうだ、今日は掃除が終わったら雪山の訓練がある。お前は待っとけよ」
「えっ? 雪山? それって危ないんじゃない?」
「卒業前の、最後のハードな訓練だ。オレは憲兵団に入るんだから、こんなとこで躓いてらんねえんだよ」
「で、でも……」
「早くてあすの昼に終わる。言葉が通じなくなるけど、我慢しろよ」
「……うん」



 とってもとっても心配だけど、ジャンくんは私よりたくさん訓練をした兵士だ。ジャンくんは、自分の力量をはかり間違えるような人間じゃない。
 心配と不安をのどの奥に押し込んで頷くと、乱暴に頭をなでられた。ジャンくんは私より年下なのに、私より落ち着いてるぞ、これは。



・・・



 それから雪山での訓練をする人は、集まって山へと出発していった。スタート地点へ行くまでも訓練のうちらしい。
 重い荷物を背負うジャンくんを見送ってから、臨時だという先生と馬に乗る。女か男かいまいちわからない先生は、たくみに馬を操って平坦な道を進んだ。



「あっちは訓練兵用の道だから、こっちのほうが早く着くよ。馬だしね」
「はい。私たちはふもとの基地で待機、ですよね?」
「そういうこと」



 歌うように言葉をつむぎながら、先生は肩まである髪をゆらして馬を駆けさせた。この訓練は大がかりなもので、いままでの訓練のいろんな要素がつまっているらしい。どうか、みんな無事に帰ってこれますように。
 ぎゅっと目をつぶってみんなの無事を祈っていると、先生が馬をとめた。不思議に思って見てみると、先生は違う方向を見て目を細めていた。



「スタート地点は、雪がないところからはじめるんだ。それから先生方は散らばり、最初だけ様子を見る」
「見ているのは最初だけなんですね」
「うん。スタート地点までいけるけど、どうする?」
「え?」
「行きたいでしょ」



 にんまりと笑う先生は、私に問いかけておきながら返事も待たずに馬を駆けさせた。慣れない振動になんとか落ちないようにしがみつきながら、先生と馬に体を預ける。
 こんなことをして怒られないのかと思ったけど、楽しそうに大丈夫だと繰り返すばかりで、あんまり話を聞いてくれていない。この先生が臨時のわけがなんとなくわかって、聞くことをやめて前を見ることにした。ジャンくん、まだ出発してないといいな。

 スタート地点についたのは、しばらく馬に揺られてからだった。まだみんな出発していないらしく、荷物の最終チェックなどを班ごとにしていた。先生にお礼を言って馬からおりて、必死にジャンくんを探す。
 すぐに見つかったジャンくんは、緊張した素振りも見せずコニーくんと話していた。アニちゃんとミーナちゃんが、驚いて私を見る。



「ジャンくん!」
「あ? ……ナマエ。どうしてここに?」
「先生が連れてきてくれて……私、ゴールで待ってるから。だから……」
「心配すんな。んな泣きそうな顔すんなよ」
「だって……雪山で、死ぬ人もいるって……」



 それなのに参加する人が多いってことは、それだけポイントが高いのかもしれない。ジャンくんを信用していないわけじゃないけど、心配なものは心配だ。お守りでも持っていれば渡すことができたのに、私が持っているのは木彫りのネックレスだけだ。これは私のお守りだから、きっとジャンくんには効果がない。
 泣きそうな私の目を、ジャンくんが乱暴にふいた。にじみかけた視界がクリアになって、ジャンくんの顔が近付いてくる。くちびるにふれるのは、いつもと同じやわらかな同情だ。



「……いってくる。これですこしは持つだろ」
「……うん。いってらっしゃい。気をつけてね。怪我しないで、死なないで」
「死なねえよ、馬鹿」



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