たくさん動いたからか、今日もご飯がおいしい。調査兵団のみんなは、いまごろ何をしてるかなあ。もしかしたら野宿とかしているかもしれない。
 壁外調査について詳しく聞かなかったから、いつ出発するのか、どれくらい外にいるのか、日帰りなのか、いつ帰ってくるのかさえわからない。状況に応じて変わるというから聞かなかったけど、もうすこし聞いておけばよかったな。



「それにしても、お米も恋しいなあ……お魚にお味噌汁にお漬物……パフェとおせんべい……ケーキ……ワッフル……」



 ぱさぱさするパンを口に押し込んで、水を飲む。ここは食料がたりないって言ってたから、食べられるだけでもいいことなんだ。高望みはいけない。でもミルキーがなくなったらどうしよう。このスープ、ミルキーの味がしないかなあ……しないや。
 塩が足りないように感じるスープを飲んでいると、目の前に誰かが座った。ジャンくんの顔が一瞬険しくなったあと、頬が赤くなる。男の子に続いてミカサちゃんと、金髪の男の子が来たからだ。



「なあ、お前ナマエだろ?」
「うん、そうだよ。君は?」
「オレはエレン・イェーガー。外の世界から来たって、本当か?」



 空気がざわっとするのを感じて、まわりを見回す。近くのテーブルの子は話を聞いていたようで、驚いてエレンくんを見つめていた。
 そりゃこうして声にだしてみると摩訶不思議だけど、そこまで驚かなくていいのに。首をかしげる私に、金髪の男の子がていねいに教えてくれた。



「王政府が、外の世界のことを知ること、興味を持つことすら禁忌としたんだ」
「へえ、そうなんだ。へんな王様だねえ」
「そう思う?」
「だって、知らないふりしてもそこに世界はあるんだもの。なにか理由があるのかな?」
「たぶんね。僕はアルミン・アルレルト。エレンが聞きたいことがあるんだって」



 また覚えにくい名前の子だなあ。覚えきれるか、噛まずに言えるかがすごく心配だ。ベルトルトアルレルト……なんだか早口言葉みたい。
 私の目の前に座ったエレンくんという少年は、目を輝かせて私を見た。あどけない子供のようで、でもどこか危ういような光を揺らめかすエレンくんは、戸惑うまわりのことなど無視して口を開いた。



「海って、見たことあるか?」



 エルヴィンさんは、あまり私の世界のことを言わないようにと言っていた。でも私はミルキーをくばってしまっているし、登場シーンはここにいるほとんどが目撃した。
 みんなには私のことを他言しないように命令しているから、機械とか飛行機とか、それ以外のことだったらちょびっとだけ話してもいいよって、エルヴィンさんが言っていた。外の世界に興味を持たせて、調査兵団に入れたいのかもしれない。人手不足だって言ってたし。
 エルヴィンさんが言っていいって言ってたのは、エレンくんが興味を持っている海みたいな、自然のこと。砂漠とか北極とか。



「海、見たことあるよ」
「おい死に急ぎ野郎! オレたちはナマエに関する守秘義務があるんだぞ!」
「ここにいる全員ナマエのことを知っている! 外で言わなきゃいいだけだ!」
「そういう問題じゃねえんだよ!」



 ジャンくんとエレンくんが喧嘩しそうになるのを必死にとめる。ミカサちゃんがエレンくんをとめているあいだに、なんとかジャンくんを座らせた。静かにしたら海のことを話すよと言ってみたら、エレンくんがぴたっと静かになったので、そのまま椅子に座ってもらう。



「エルヴィンさんが、ちょびっとなら話していいって言ってたから、大丈夫だと思う。でも、ここにいる人以外の前では秘密にしてね」
「わかった。で、どうなんだよ」
「海は青くて広くて磯臭くて、」
「磯臭い? 磯臭いってなんだよ」
「あれは海独特のにおいだから、再現できないなあ。貝殻が落ちていて、白い砂浜が広がっていて、海には魚がいっぱいいるんだよ」



 エレンくんが興奮して食いついてくるので、ヒトデや魚の絵を書いて見せてみる。くじらのことを聞いたエレンくんやアルミンくんは驚いて、本当にそんなに大きいのかと議論しはじめた。そんなに大きかったら海がいっぱいになってしまうんじゃないかとも。



「海はね、すごーく大きいんだよ。だから干上がらないし、くじらがたくさんいても満員にならないんだ。夜は静かで、月が綺麗に反射して、波の音がして……」



 昼間熱かった砂浜が嘘のようにひんやりとして、歩くたびに足がうまる。どこまでも続いていく海に、静かな波の音がひびく。海はどうしてだか風が強くて、海においでって誘っているみたいだった。
 ……あの海には、もう二度と戻れないんだなあ。



「ナマエ? どうしたんだよ」
「ううん、なんでもない。あとは何を聞きたいの?」
「熱でもあんじゃねえのか? 顔が変だぞ」



 エレンくんの手が伸ばされて、おでこに当てられる。私より体温の高い手は、ひんやりしたおでこをさわって熱がないことを確かめてから、不思議そうに引っ込められた。心配してくれたのは嬉しいけど、顔が変っていうのはひどいんじゃないの。
 お返しにエレンくんのほっぺたを引っ張っていると、ジャンくんが勢いよく立った。私の腕をむりやり引いて、食堂をでていく。
 乱暴にドアを閉めてからしばらく歩いたところでとまったジャンくんは、痛いくらい私の手首を握りしめたまま何も言わなかった。



「ジャンくん? どうしたの? お腹いたい?」
「いや……ナマエがあいつと話してるの見てたら、なんか……」
「お腹すいたの?」
「お前と一緒にすんな」



 ジャンくんの手がおでこにふれて、離れたと思ったらぺちんと叩かれた。痛い。
 ジャンくんは自分でも首をかしげながら、まだ握っていた私の腕を引っ張って、食堂とは違う方向に歩き出した。どこに行くかわからないけど、さっきよりジャンくんの機嫌がいいし、まあいっか。



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