「これからしばらく、壁外調査にかかりきりになる。ナマエに話を聞くのも後回しになるだろう。しばらくキース教官に預けることになった。構わないね?」
「はい」



 壁外調査というのは、壁の向こうの巨人がいる場所を調査することらしい。5年前に奪われてしまった住む場所を取り戻すため、ルートを模索している最中だとエルヴィンさんは説明してくれた。
 5年かかってようやく希望が見えてきたと言うエルヴィンさんの顔は、言葉とは裏腹に厳しい表情をしていた。



「エルヴィンさん、疲れたときには甘いものです。ハイチュウは最後なのでひとつしかないんですが、どうぞ」
「ああ、ありがとう」



 ようやくほんの少し微笑んでくれたエルヴィンさんにほっとして、部屋をでた。これからジャンくんのいるところで、すこしだけど一緒にいることが出来る。
 名目は訓練兵の指導として調査兵団からひとり派遣する、ということだと聞いた。なにを指導するかさっぱりわからないけど、ポッキーの食べ方くらいなら指導できる。



「あっナナバさん! 壁外調査、ナナバさんも行くんですか?」
「ああ、いってくるよ」
「気をつけてくださいね……本当に。私……」
「そんなに心配しなくても大丈夫。今まで生きて帰ってきてるんだから、すこしは信用してもらわないと」
「……はい」



 ナナバさんが不安になるならともかく、安全な場所にいる私が不安がってどうするんだ。
 笑ってナナバさんを見て、信用していることを伝える。それからポケットからミルキーを取り出してナナバさんに渡した。



「はいどうぞ、ミルキーはママの味です」
「ありがとう。それいくつ持ってるの?」
「お菓子買いだめしたところだったんで、5袋あるんです。あとポッキーが5箱と、ハイチュウが2つと、ダースが6個と……それしかないんですけど」
「じゅうぶんだよ」



 ナナバさんは笑ってミルキーを口に放り込んだ。ミルキーは人気のようで、どこかに置いておいたらすぐに誰かに食べられてしまうらしい。意外とリヴァイさんも気に入っているらしいと聞いて、なんだか嬉しくなった。ミルキーを好きな人に悪い人はいない。
 そのままナナバさんに壁外調査のことを聞いていると、廊下の奥からぬっとした人影が近付いてきた。あの大きさはミケさんだ。



「ナマエか。ミルキーのにおいがする」
「さすがミケさんですね。ミケさんもはい、ミルキーはママの味です」
「ああ、もらおう」



 ついでに私もひとつ食べて、廊下にミルキーのにおいが漂った。甘いミルクのにおいに、ミケさんがひくひくと鼻をうごめかせる。ころころと口のなかで甘さを転がしながら、そっとミケさんを見た。



「ミケさんも壁外調査、行くんですよね?」
「ああ」
「信用はしてるんですけど、信じてもいるんですけど……気をつけて、くださいね」
「ああ。それはハンジに言ってやれ。毎回危なっかしくてかなわん」
「ハンジさんなら大丈夫な気もします。巨人に食べられても喜んでそう」



 ここで否定の言葉がなく沈黙が続くのが、ハンジ・ゾエという人物に対する認識である。

 そのまま3人ですこし話して、部屋に戻って簡単に荷造りをして、男の人に送ってもらって訓練所へと行った。
 初めて話したその人も壁外調査に行くと聞き、思わず気をつけてくださいという言葉が出る。薄っぺらく聞こえるかもしれない言葉に、男の人は笑って頷いてくれた。帰ってきたら壁の外の話をしてくれると約束して、送ってくれたお礼を言って、後ろ姿を見送った。

 しばらく見送ってから建物のなかに入ると、キースさんが出迎えてくれた。お互い少しだけぎこちなく、でも最初よりはかなり打ち解けて挨拶をする。
 私が一方的に最近あったことなどを話しながら部屋に案内してもらって、立体機動装置というものを教えてもらうことになった。なんでも、リヴァイさんからの提案だそうだ。



「これがなければ人類は巨人と戦えない。逃げるときも、機動力がなければ終わりだ。覚えれば、すこしは力になるだろう」
「はい、頑張ります!」



 ようやく足や背中にも張り巡らされていたベルトの出番である。紐のようなものにぶら下がってぶらんぶらん揺れてみるのが終わったら、今度はひたすらワイヤーを目標のものに突き刺す練習をして一日が終わった。しばらくこれを続けるらしい。
 晩ごはんの時間になって、ぐでっと机に突っ伏してもだもだと足を動かす。ジャンくんが横に座って、スープをかきまぜながらどうでもよさそうに聞いてきた。



「で、どうしたんだよ、指導員様」
「立体機動、上手になれるのかなあ……ここにいるあいだに上手にならないと削ぐって、リヴァイさんが言ってたって……」
「人類最強の男にか? そりゃお気の毒だな」
「うう……」
「泣くな、めんどうくさい」
「うん……ミルキー食べる……」
「いまからメシだろ。食い終わったあとにしろ」
「うん……」



 私たちの会話を聞いていたマルコくんがぽつりと、兄妹みたいだという言葉をもらす。こんなのと兄弟なんてごめんだと言いながらも突き放すような仕草はしないのが、じつにジャンくんらしい。
 甘いものなしでも浮上した心でスープをすすって、つぎはお腹を満たすことに専念することにした。



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