どうやらキスをして12時間たつか、寝るか、泣くと言葉が話せなくなると判明した。私が書く文字はいつでも日本語だから、筆談すらできない。よって毎日ジャンくんに人工呼吸をしてもらうことが必要になったのだけど、ジャンくんの時間を削って調査兵団まで来てもらうのに大反対したから、私が毎朝訓練所へ向かうことになった。
送ってもらうのが申し訳なくてひとりで行くと言ったけど、誰もが反対したために却下になった。心苦しいけど、送ってもらった人によると、私を送るときはその日の朝の掃除や水汲みなどが免除されるらしく、みんな我先にと志願するらしい。それを聞いてすこしだけほっとした。
ハンジさんの馬に揺られて、うつらうつらしながら訓練所へと向かう。なにか買いたいものがあると言ってハンジさんが私を送ると決めたときは、微妙なブーイングがおこった。けどハンジさんはそこそこ上の立場なので文句を言う人は誰もおらず、みんなしぶしぶリヴァイさん指導のもと朝の掃除を頑張ることになった。
かくんかくんと揺れる頭に、ハンジさんがおだやかな声で言う。
「寝てていいよ。まだ着かないから」
悪いと思いながらも、ハンジさんに寄りかかって浅い眠りのなかを泳ぐ。懐かしい夢をみたような気がしたのに、ハンジさんにおこされてすぐに忘れてしまった。寝ぼけながら、いつのまにかついた訓練所を歩く。
ジャンくんが来てくれたのになんとか目を開けるけど、まぶたはすぐくっつこうとする。もし寝てしまったら、キスしてくれたのが無駄になってしまう。
「こっち来てから休みなくずっと話してもらってるし、疲れてるんだろうね。こういうときは、これだよ」
ハンジさんに差し出されたそれを見て、眠いのにお腹がくうと鳴る。はちみつが練りこまれた菓子パンのようなそれを手渡され、もぐもぐと食べる。おいしい……。
『おいふぃいれすハンジさん……』
「甘いもの食べてるときのナマエは、本当に嬉しそうな顔をするねえ」
「菓子で笑うなんて、ガキかよ」
三口目をかじろうとして、はっと止まる。いけない、いくら寝ぼけていたとはいえ私だけ食べるなんて、どれだけ嫌なやつなんだ。
私のかじったところを避けて残りを二等分にして、ふたりに差し出す。ハンジさんは普通に受け取って、ジャンくんはすこし渋ってからハンジさんになにか言われて受け取った。3人で甘いものを消化して、ようやくはっきりした頭でジャンくんのほうを向く。
まだ慣れなくてどきどきするけど、行為はずいぶん上手になった。ふれるかふれないかのところで止める技術は、ジャンくんの努力のたまものだ。でも私がふれていないと思うと言葉は通じないままなので、判定が難しい。
「ジャンくん、今日もごめんなさい」
「命令だっつってんだろ。うざいから謝んな」
「うん……ごめんね」
ジャンくんははっきりものを言うので、たまに落ち込んでしまう。しゅんとしながら帰ろうかと思っていると、ハンジさんが時計を見ながら首を振った。
「まだ店が開くには早いよ。もうすこしここで待っていよう」
「じゃあ、待つあいだハンジさんの馬に乗らせてもらってもいいですか?」
「いいよ。ひとりで乗るの?」
「はい」
ふたりに見守られるなか、ハンジさんの馬によろしくお願いしますとお辞儀をする。不格好によじのぼって、背筋を伸ばして、揺れる振動をお尻で感じながらなんとか歩いた。ジャンくんが馬の手綱を持って先導してくれるのに任せて、馬に慣れることに専念する。
何周かしたところでおろしてもらって、お馬さんにお辞儀をした。静かでおとなしい、素敵なお馬さんだ。
「お馬さんになにかあげたいんだけど、あいにく私は何も持ってないんです。ごめんなさい」
「帰ったらふたりで餌でもやる?」
「はい。でもその前にお礼として、この間覚えた振り付けをお馬さんに見せますね」
「振り付け?」
「はい。アイドルが踊ってたやつなんですけど、文化祭の出し物でする予定だったんです」
お馬さんにお辞儀をして、あいうぉんちゅーと歌いながら踊る。ハンジさんは大ウケして手をたたいて笑ってたけど、ジャンくんは引いてた。顔中に「なにやってんだこいつ」という文字を浮かび上がらせているのを見て、ジャンくんの手を引っ張って踊りに引き込む。
「ジャンくんも踊ろう!」
「は? 嫌に決まってんだろ」
「そっか、振り付け覚えてないもんね。私はがんばって数回で覚えたんだよー」
「はんっ、オレなんて見ただけで覚えるな」
「でしょ? ジャンくんすごいもんね!」
ジャンくんを引き込んでふたりで踊っているところにハンジさんも乱入してきて、お馬さんの前で踊る。ヒヒンと合いの手を入れてくれるお馬さんはかしこくて、それすらおかしくて笑いながら三人で踊った。
後日、これを目撃していたらしいコニーくんに、なにか召喚していたのかと聞かれた。楽しくていい思い出なのに、ほかの人に見られていたと途端に恥ずかしくなるのは、どうしてなんだろう。
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