「っ悪い。大丈夫か」
「……ジャンくん」
「ありゃ、キスしちゃったか。別にいいけどさ、きみはこれから先もその覚悟があるの?」
「それは……」
「ジャンくん!」



 怖さから思わずジャンくんに抱きついて、こぼれる涙をなんとか抑えようと嗚咽をのどの奥にしまいこむ。ふるえる腕は力が入らなくて、ジャンくんにすがりつくことしか出来なかった。
 ただジャンくんの名前を呼んで、ごめんなさいとか怖かったとか頼るつもりはなかったとか、子供のように自分の気持ちをぶつける。



「……命令なら、オレは従います」
「わかった」



 ジャンくんに助けてもらって起き上がって、ハンジさんに向き直る。いくら変人といえど、立場が上であろうと、保護してもらっている身であろうと、ここまでされて文句を言わないなんてことはできない。



「ハンジさん! なんてこと考えるんですか!」
「え? なにが?」
「絶対に巨人とキスさせようとしてたでしょ!」
「それがなに? いいじゃん、私もしたいくらいだよ」
「勝手にひとりですればいいじゃないですか! ハンジさんのばかあ!」



 心底わからないというように首をかしげているハンジさんに、いつも苦労しているモブリットさんが頭に浮かんだ。
 あの人はずれてるけど頭はいいんです、あと尊敬できるんですよ。こっそり教えてくれたモブリットさんには悪いけど、いまのところ尊敬はできない。



「ハンジさんの基準と一般の基準を一緒にしないでください!」
「あっそれこのあいだリヴァイに言われたよ」
「巨人とキスしたくないに決まってるじゃないですか! キスするくらいなら死んだほうがマシです! いますぐぽいってします!」
「ぽい? なにを?」
「命をです! ぽいってします!」
「ぽいっ? ナマエの命はずいぶん軽い音がするんだねえ」



 ハンジさんがおかしそうに笑う。簡単に命を捨ててしまえるほど嫌だったことを伝えたかったのに、ハンジさんには伝わらなかったみたいだ。
 なにがツボに入ったのか、ひいひい笑い続けるのを見て、さっきまで我慢できていた涙がでてくるのを感じた。



『ハンジさんのばかあ……! エルヴィンさんに言いつけてやるんだから!』
「あれ? なんでまた言葉が……もしかして泣いても駄目なのかな?」
『ハンジさんがいじわるするからです、絶対……』



 ぐずぐず泣きながら、近付いてくるハンジさんから逃れてジャンくんのうしろに隠れる。この状態で、なにも言わずに巨人のところへ連れて行かれたらと思うと、怖くてたまらない。
 ぶるぶる震える私を見て、ハンジさんは困ったように頭をかいた。



「……そんなに怯えられると、困るなあ。ごめんねナマエ、そんなに嫌だったんだね。もう巨人とキスしろなんて言わないよ」
『巨人……!? や、嫌です、連れて行かないで!』



 ジャンくんの服を掴んで、必死に顔をうずめる。首をふりつづける私の肩をジャンくんが掴んで、顔が近付いてきた。
 ぱちぱちと瞬きして、ようやく見えるようになった視界のさきで、目を閉じたジャンくんの顔が見えた。驚きで涙がとまる。



「いいか、これは命令だからしてるだけだからな。キスじゃねえ。人工呼吸だ」
「……ジャンくん」
「ごめんナマエ、巨人とキスしろって、もう言わないから。嫌だなんて気付かなかったよ」
「ハンジさん……」



 思いのほか優しくジャンくんに背中を押されて、おそるおそるハンジさんに近付く。謝るハンジさんに、巨人とキスしないでいいかもう一度確認して、それからようやく肩の力が抜けた。



「ジャンくん、ごめんなさい……」
「命令だから、いいって」
「これひとつしかないんだけど、ミルキーはママの味。本当にごめんね」
「うるせえな」



 ジャンくんはめんどうくさそうに顔を背けてしまったけどミルキーは受け取ってくれて、それがなんだか嬉しくて笑う。命令だとしても、巨人とハンジさんから私を救い出してくれたことに変わりはない。
 すこし上にある不機嫌そうなジャンくんの顔を眺めていると、誰かがはっとして廊下の暗がりを見つめた。伝染する緊張にいつしか同じ暗がりを見つめていると、コツン、コツンという音とともに、ぬっとキースさんが出てきた。みんなの背筋が伸びる。



「見学していいとは言ったが……これはなんの騒ぎだ」
「キースさん! 聞いてください、ハンジさんが私と巨人をキスさせようって言い出して!」
「……なんだと? ハンジ、それはエルヴィンの許可を得ているのか」
「いえ……その、思いつきで。はは」



 そのあとキースさんに連れて行かれたハンジさんは、こってりと絞られたらしい。そのあとキースさんからエルヴィンさんに連絡がいって、またしても絞られたハンジさんは、とどめにリヴァイさんから蹴られていた。
 痛そうだと思いながらも同情する気になれないのは、仕方ないことだと思う。



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