「じゃあ、そこの一番背が高い男子でいいや。ちょっとナマエにキスしてみて」
「えっ!?」



 ハンジさんとみんなが何やら話しているあいだ、なんとか言葉が通じるようにといろいろしてみる。諦めない精神が大事だって、過去の私も言ってた。
 次は踊ってみようかと思ったとき、背の高い男の子が緊張したように私の前に立った。ハンジさんがうしろに来るのを察して、さっと避ける。



『ハンジさん……まさか、まさかと思いますが、この男の子にキスさせようとしてません?』
「えっまさか気付いちゃったの? ナマエもカンが鋭くなったなあ」
『笑ってないでやめてください! ハンジさんのばかあ!』



 やめるように言いながらハンジさんの胸を叩く。すこし力をこめたそれは、ふにっと柔らかい感触に包まれた。これは……これは、胸?



『ハンジさんって鳩胸……じゃなくて女、ですか?』
「何をそんなに驚いてるの? ああ、もしかして男だと思ってた? たまにあるんだよねえ、化粧っけがないからさ」



 ハンジさんに手を掴まれて、自分の胸を揉むように誘導される。自分の胸を揉ませるなんて、ハンジさんは太っ腹だ。言葉は通じないけどさわっていいと言われたそれに、遠慮なくさわってみる。胸だ……まごうことなき女の胸だ。
 ついでに自分の胸も揉んでみる。……たぶん負けた。



『ハンジさんが女ってことは、ハンジさんにされたキスはノーカウントってことだよね! 女同士なんだし!』
「よくわからないけど、隙だらけになってくれて助かるよ」



 腕をうしろで拘束されて、背の高い男の子の前に突き出される。油断させるための罠だと気づいても遅く、もがいても抜け出せる気配はない。
 男の子はちらっと後ろの男の子に助けを求めるような視線を送って、それから食堂のほうを見て、ぎゅっとくちびるを噛んだ。
 この子にもジャンくんみたいに、気になる子がいるのかもしれない。思春期になれば、誰もが気になる異性のひとりやふたりはいるものだ。ハンジさんにやめてと懇願するものの、興奮しきったハンジさんは聞いてくれる素振りがない。

 ぽろりと涙がでた。そりゃ私の知識が役立つなら嬉しいけど、こうしなきゃ生きていけないのかもしれないけど、あんまりだ。乙女のキスを軽々しく考えすぎじゃないのか。ほろほろと声もなく泣きながら、最後の抵抗にもがくが、がっちり掴まれてる腕はゆるむ気配もない。
 ふっとジャンくんを見ると、思いきり顔がそらされた。……そう、だよね。私はなにを期待していたんだろう。ジャンくんにも悪いのに、なにを考えていたんだろう。目の前の男の子の目を見てから、頭をさげた。



『本当にごめんなさい。私のせいで、本当に……ごめんなさい。ごめんね、ごめん……』



 泣きながら顔をあげると、ハンジさんの興奮しているような声が聞こえた。いつまでたっても躊躇している男の子にハンジさんが声をかけ、それから何かに気付いたようにぶつぶつと独り言を言い始めた。こうなったハンジさんはろくなことを言い出さないから、すごく嫌な予感がする。



「そうだよナマエ、どうして気づかなかったんだ! もし君がこの世界を変える鍵なら、この世界の謎である巨人と関わりを持つべきだったんだよ! 巨人とキスをしてみよう! 調査兵団の力を借りて、ねえ、そうしよう! いいよね!」



 こちらの言葉で知っている言葉はふたつだけ。ハンジさんに教えてもらった、巨人と調査兵団という単語。それが聞こえてきて、思わずハンジさんを凝視する。
 考えたくはないけど……嫌だけど、もしかして調査兵団の意向で私と巨人をキスさせようと、してる?



「きょ、じん……?」
「そうだよナマエ! 手足を削いで目を潰して紐で縛り上げて、夜だったら壁の近くの巨人を一体くらいは大人しくさせることが出来るかもしれない。巨人とキスするなんて人類、きっとナマエだけだよ!」



 顔が青ざめていくのがわかった。震えながら首をふるが、ハンジさんは気づいてくれない。通じないとわかっているけど、嫌だと言ってハンジさんから離れようともがく。
 そこでようやく気付いたハンジさんは、首をかしげて何か言う。さっき私にキスさせられそうになっていた男の子がびくりと震えたのを見て、慌ててその子をかばうようにハンジさんと対峙した。男の子の存在を背中で感じながら、情けなく体が震えてるのをとめられない。



『駄目です、この子に嫌なことはさせないでください。私が……私ひとりが嫌なことするなら、それでいいって言ったじゃないですか。言ったじゃないですか……』



 伸ばされたハンジさんの手を握って、うなだれて泣きながら歩き出す。振り返ったさきにはジャンくんがいて、信じられないというように私を見ていた。
 そうだ、もしかしたらジャンくんはキスすればよかったって自分を責めるかもしれない。それだけは駄目だと、なんとかジャンくんに笑ってみせる。任せてというように胸を叩いて前を向いて、それから震えがとまらない足をのろのろと動かした。
 巨人とキスするなんて、嫌だ。したくない。でも、私のせいで誰かが嫌な思いをするくらいなら……。



「待ってください! そいつ……ナマエが、いまオレに何か……」



 腕を引っ張られて、むりやり振り向かせられながら変な方向に力が加わって、受け身もとれずに地面へ倒れこむ。頭を打つことだけは避けられたけど、お尻がひどく痛む。まだ状況がわからないまま目を開けると、目の前にはジャンくんの顔があった。



return

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -