「ふっ……ん、そこ……気持ちいい」



 ツボを押されるたびに息が漏れる。たまに強く押されて痛いけど、それが翌日楽になると知っているから、声は出すけど文句は言わない。今日の訓練で私に負けたジャンは、ぶつぶつ言いながらも私の足を揉んでいた。ジャンはこういうところは真面目なのだ。



「ジャン、そこ……あ、痛っ……でも……もっと」
「だーっ! ちょっと黙れ!」
「ジャン、いきなり叫ばないでよ。ちゃんと揉んで」
「わかったから少し黙れ!」
「なんで」
「お前……気付けよ、ライナーが苦しそうだろ」
「え?」



 顔をあげると、ライナーと目があった。慌ててなにかを否定され、わからないまま頷く。マルコもベルトルトもすこし苦しそうだ。あとで背中をさすってあげようと思いながら、ぱたりとライナーの布団に体を預けた。この狭い空間に集まるのはもはや恒例となっていて、人数に差はあれど誰かしらここにいる。居心地がいいとはきっと、こういうことをいうのだ。
 さっきまで話していたのに誰も口を開かなくなってしまった空気をごまかすように、ジャンが冗談を口にする。



「アルマ(名前)って女っぽいし、男に襲われたことあんじゃねえの」
「あるよ」
「は?」
「あるけど」



 空気が凍りついた。誰もなにも言わずに数秒がすぎ、ジャンが慌てて私のうえからどいた。重さがなくなって体が軽くなったように感じる。マッサージ、まだ途中だったのに。
 じっとりとジャンを見つめると、真面目な顔をしていた。誰に、と聞かれて素直に名前を口にする。首をかしげられた。



「誰だ? っつーか訓練兵になってからの話じゃねえのかよ」
「ここに来る前のことだから」



 そこでようやくみんなが驚いていることに気付いた。そういえば私は男になっているんだった。男が男に襲われたとなると、この反応にも頷ける。
 ここにいるのはライナーとベルトルトとジャンとマルコだ。べつに話しても支障ないし、この空気を変えるにはちょうどいいかもしれない。



「ここに来る前に住んでたところで、すこし権力ある家の馬鹿な息子に気に入られたんだ。うちにはお金がなくて父親がいなくて……あ、父親がいないからお金がなかったのか」



 目から鱗のような真実に驚くと、ジャンが呆れたような視線を向けてきた。母親は私がいるからお金がないんだとしか言わないから、ずっとそう思っていた。でも私が生活するためのお金を稼いでいたから、それを持ち出すと黙る物分りのいい母親ではあったけど。
 それを言うとまた空気が微妙なものに逆戻りしたから、続きを言うことにした。早くマッサージの続きをしてほしい。



「私が訓練兵になると知って、その馬鹿息子が止めに来たんだ。そんなに離れたくないなら訓練兵になればいいと言ったんだけど、あの馬鹿はそれは嫌だと言い張ってね。そもそも私に徹底的に無視されていたのに、どうして好意を持ったのかいまだに疑問だよ」



 誰もなにも言わない。ただ黙って続きを促され、忘れていた記憶を掘り起こすことにした。



「ある夜、母親がでかけている隙に家に入り込んで、襲ってきたんだ。いま思えばあの夜の母は上機嫌でご馳走をだして風呂に入るように言ってきたし、どこから持ってきたのかわからないお金を持っていた。母親が手引きしたんだろうね。襲ってきた馬鹿は、おそらく股間が使い物にならなくなったと思う。重点的に念入りに踏んだから」
「何かされたのか?」
「腕を掴まれたくらいかな。反撃したあとに紐で縛り上げて、風呂に入って」
「……風呂? 直後に入ったのか? 襲ってきた男がいる家で?」
「早く綺麗になりたかったし、縛り上げてたあとも泡ふいて気絶していたから。入団の一週間前だったから、貯金と荷物をまとめて馬鹿の財布からお金をもらって、そのままここに来たよ。お母さんは私にはできない発想をするから、きっと発明家になれると思う」



 途中で質問をしてきたライナーは、じっと私を見たまま目をそらさなかった。まっすぐな金色のひとみを、花畑や夕暮れに赤く染まる山よりも綺麗だと思った。どうしてライナーはこんなにも綺麗なんだろう。



「だから私は家には帰らないし、開拓地は大砲がないから行きたくない。ほかの人に比べたらくだらない理由かもしれないけど、私はこれでも兵士になりたいと思ってるんだよ」
「……アルマ(名前)は、大抵のことは何でもないように話すな」



 ライナーの大きな手に頭をなでられて、どうしてだか何も言えずに優しいひとみを見つめた。頭をなでられるなんて、久しぶりだ。
 安心だとか楽しいだとか、ここに来てたくさんのことを経験した。そのぶん苦しくてつらくて悩んだこともたくさんあるけど、それは些細なことに思える。ライナーの手が戸惑いながら頬に移動して、包み込むように温度を分け与えてくれた。そっと目を閉じて、優しさを享受する。あたたかい。



「ライナー。今日、ライナーとベルトルトとも一緒に寝たい。ジャンも、マルコも一緒に」
「いいけどよ……いまさらだけど、お前大丈夫なのかよ」
「なにが?」
「その……男に襲われたんだろ」
「ジャン、心配してくれてるの? どうしたの? 熱ある?」
「うるせえよ」



 声にはいつもの怒気が含まれていない。その夜、ライナーたちが話をつけてくれて、私の望んだ人に挟まれて眠ることができた。寒さで一回も起きなかったのはきっと、ライナーがずっと抱きしめてくれていたからだろう。

 
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