男用の風呂は、入浴終了の1時間前には誰もいなくなるのが普通になっていた。最後に入った誰かが私に教えてくれて、たらいを持った私が入る。花をたらいに入れて、掃除をして、水がお湯になった頃に浸かった。
 念のためタオルで体を隠しながら、ぼんやりと上を見上げる。花を潰して香りをだしてみたり、ちぎって花占いをしてみたり、ふざけて頭にさしてみたり。ひとりになれる貴重な空間に、体から力が抜けていく。まぶたが閉じていたが、それに気付くこともなかった。



「おい、アルマ(名前)」



 声をかけられて目を開ける。まぶしさに目がくらんだ。心配そうな顔をしているライナーとベルトルトが目に入って、ぼんやりと時間を確認する。入浴時間が終わるまであと30分になっていた。



「寝てた……?」
「ああ。湯冷めするぞ」



 ふたりは変わらず不自然に上と下を向いていた。だが、それを指摘する気にはなれない。胸がないとはいえ、私は女の体をしている。薄いタオル一枚の裸体を見られるのは、さすがに恥ずかしい。



「疲れてるんだろう。風呂掃除はやっておくから上がれ」
「もうほとんど終わってるし、ふたりには薪割りと水汲みを代わってもらってるから。私がするよ」
「風邪でもひかれるほうが迷惑だ」
「わかった。急いで髪を洗うから待ってて」



 ふたりが浴槽を後回しにして床をこすりはじめたのを見て、髪を洗うことに専念した。ライナーは意外とがんこで、自分の意見を曲げないときがある。早く自分のことを終わらせて手伝うことが、ふたりの負担が最も少なくなる方法だ。
 髪を洗いながら、こちらに背を向けて床をこすっている広い背中を見る。悩みがあるなら言ってくれといったライナーの顔は真剣だった。



「……ライナー、ベルトルト。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「もし、誰にも言えない秘密を抱えていたら、どうすればいいかな」



 ふたりの動きが止まった。背中に緊張が走っているのが見えて、髪を洗い流す手を止める。が、泡が目に入って痛かったので、ふたりの様子を窺うことはできなかった。



「言えないってことはないんだけど、もし言ったらここにはいられなくなっちゃうかもしれない。それは嫌だけど、隠し通すにも限界がある」
「……大丈夫だ。どうせ人類は近いうちに全滅する」
「ライナー!」
「っああ……すまん」



 遮るような鋭いベルトルトの声に、ライナーがはっとしたように謝る。そういえばふたりとも巨人なんだったっけ。冗談か嘘かもしれないけど。
 重い空気が浴槽にたまっていく。もしふたりのあの話が本当なら、反応を探るしかない。知ってもどうしようもないけど、知らないままでいることもできない。ほかのことに熱中すると忘れてしまうのは、性格上仕方ないことだと割り切ることにした。



「教官が繰り返し言ってるしね。いつ超大型巨人と鎧の巨人が来てもおかしくないって」
「──ああ」
「生物には必ず天敵がいる。人類の天敵は巨人で、巨人の天敵もおそらく人類なのだと思う。ほかの動物が巨人を襲う理由はないし」



 返事はない。背を向けたままのふたりは動かず、どんな顔をしているのか、どんなことを考えているかもわからなかった。これではわざわざこんな話をした意味がないけど、せっかくだから話しておこう。次にいつこんな話ができるかわからないから。



「だから人類が淘汰されても自然なことなんだろうね。でも人間は恐怖を感じる心があるし知能があるから、簡単には絶滅しないと願ってる。私はいろんなものに淡白らしいから、目の前で誰かが巨人に食べられていても、敵討ちや討伐数を稼ぐことより逃げることを選択するかもしれない。つまり、何が言いたいかっていうと」



 すうっと息を吸い込むわずかな音が、静かな空間に響いた。髪から落ちた雫が、波紋を広げてお湯に溶け込んでいく。こんなふうに穏やかになめらかに、みんな溶け合ってしまえばいいのに。



「死ぬときは大砲に入って死にたいの」
「……さんざん語ってそれか?」
「死に方を選べるならじゅうぶんだよ。この世界はいつだって、いいものと悪いものと綺麗なものと汚いものが混じり合ってできているんだもの。私はライナーとベルトルトが好きだから、それでいい」



 それでいい。自分でだした結論が驚くほどしっくりと胸に溶け込んで、ようやく肩から力が抜けた。どうやらふたりの秘密と自分の秘密を抱え込むことに、知らないあいだに押しつぶされそうになっていたらしい。
 もう水になりかけているお湯を捨てて立ち上がる。濡れたタオルが張り付いて、なんとか体を隠すという役割を果たした。恥ずかしいけど、ふたりにならいいや。こちらを向いて慌てて目をそらしたふたりに笑いかける。



「いつか、私の秘密を話すかもしれない。そうしたら、受け止めてくれる?」
「……ああ。約束する」
「僕も、できるだけ」
「ありがとう。私、ふたりが友達で幸せだよ」



 服を着るために脱衣所に行き、素早く体をふいてシャツをはおる。そういえば下着は女物だけど、これも見られたらややこしいから男物にしたほうがいいのかもしれない。何もわからないから誰かに聞いてみなくちゃいけないけど。
 髪からすみれの香りがする。ふたりに秘密を話すのは、そう遠くない未来のような気がした。

 
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