今日は黄色のちいさな花だった。実を結ぶまえにちぎってしまうのは申し訳ない気がしたけど、これだけ咲いているのだから絶滅することはないだろう。
 建物の影で服を脱いで布をひたす。水に浮かんだ月が揺れた。ひとりきりになれる時間は案外少なくて、どうしても力が抜けてしまう。ぼんやりと月が揺れるのを見ていると、足音が聞こえてきた。気配を消すのは得意だ。



「ライナー、本当に大丈夫? アルマ(名前)は男だよ」
「わかっている」



 どうして私はこのふたりが話すところに居合わせてしまうんだろう。しかも上半身裸のときに。またあんな話を聞いてしまうのかと思うと、なんとなく怖かった。ライナーとベルトルトが人類を滅ぼそうとしているなんて、考えたくなかった。



「アルマ(名前)は男だ。俺にそんな気はなかった。だが……どうしてか気になってしまう」
「いつか殺す相手だ」
「わかってる。──わかってる」
「──アルマ(名前)が、好きなんだね」
「ああ」



 ライナーの返事に、気配を消すのを忘れた。ライナーが素早くそれに気付き、お互い驚いた顔で目が合う。ベルトルトもすぐに私に気付き、驚いたあとに顔を歪めた。ふたりして近づいてくるのを、タオルで胸を隠して迎える。



「アルマ(名前)。いつからここにいた」
「ふたりが来る前から」
「話を聞いたのか」
「うん。ああでも、その前も偶然居合わせたよ。ふたりは気付かなかったけど」



 ライナーとベルトルトが、私を敵と認識したのがわかった。言わなくてもいいことをわざわざ言ったのは、秘密を抱えることが限界になったからなのだと思う。ふたりに口封じとして殺されるなら、それも悪くない。



「誰にも言っていないよ。聞いてみればいい」
「聞けるわけがないだろう。──アルマ(名前)、本当に誰にも言っていないのか。何を知っている」
「ふたりが壁を壊した巨人らしいってことくらい。こんなの、誰に言えばいいのよ」



 ふたりは私をどうしようか考えている。殺したほうがいいのか、生かしておいたほうがいいのか。タオルを押さえて立ち上がると、警戒して構えられた。
 タオルを外しても胸がないから、女だという証拠にはならない。それならとズボンを脱ごうとすると、ライナーに止められた。



「何やってるんだ! 脱ぐな!」
「いつかふたりに秘密を話すと言ったよね。ふたりの抱える秘密には釣り合わないけど、告白するよ。私、女なの」
「……は?」
「戸籍では男になってるんだけど、体は女なんだ。ずっと女だと思って生きてきたし、そう育てられてきた。なんで戸籍が男になっているかはわからないけど」
「……本当か?」
「胸がないから見せても証拠にはならない。だから下着を脱ごうと思って」
「いい!」



 すごい勢いで拒否された。ライナーもベルトルトもタオルで隠した胸を見て、慌てて目をそらす。たしかに恥ずかしいけど、ふたりに少しでも信頼してもらおうと思っただけなのに。さすがに傷つく。



「私の存在が不都合なら、私の秘密を教官に言えばいい。家に送還されれば、おそらく襲ってきた馬鹿のところへ行かされると思う。私をまだ好きにしろ憎んでるにしろ犯されて妊娠するだろうから、自由に外を歩くことはもうない」



 ライナーの目が驚きで丸くなって、それから怒りで細められた。ライナーの考えがわかったことはない。今もどうして怒っているかわからないし、もしかしたら馬鹿にされたと思っているのかもしれない。
 ライナーがなにか言う前に、ベルトルトが口を開いた。まっすぐに私の目を見ている。



「どうしてライナーと僕を殺そうと思わなかったの?」
「殺す? どうして」
「殺せば、人類が滅びるのが遅くなる。もしかしたら、アルマ(名前)が寿命で死ぬまで延期になるかもしれない。ライナーを殺せば、人類は守れたんだ」



 ライナーを殺す。想像する前に、その言葉だけで目の前がまっくらになった。知らないうちに手足が震える。抗えない恐怖が体にまとわりついてきた。



「いや……それだけは嫌。ライナーが死ぬなんて、嫌だ。そんなこと、考えたくもない」
「アルマ(名前)は、人類よりライナーを選んだんだね。人類が滅ぼされても、ライナーが生きていればそれでいいんだ」
「──うん。そうだと思う」



 震えが止まる。ベルトルトによって導き出された答えは、すんなりと私の心のあるべき場所におさまった。遠回りしてぐるぐると考え込んで抱え込んで、単純だからこそ気付かなかった。私は人類とライナーを秤にかけて、ライナーを選んだんだ。



「アルマ(名前)、誰にも言わないと誓える? もしそうなったらライナーは死んでしまう」
「今までも誰にも言ってないよ。それでも、人類に捧げた心臓にかけて誓う。ふたりの秘密は、私が大砲に詰められて発射されるときまで守られる」
「おい、ベルトルト」
「アルマ(名前)がいなくなったライナーは、たぶん作戦を決行するどころじゃなくなるよ。アルマ(名前)にも手伝ってもらわない?」



 あくまでも、決定権はライナーにあるというように。最後の選択を迫られたライナーは、息をはいて前を見据えた。月とおなじ色の瞳がぎらりと輝く。



「アルマ(名前)は、これから人類を滅ぼす計画に加担することになる。いいな?」
「うん」
「──ベルトルトが言わなくても、俺が言っていただろうな。すまん、後押しをさせて」
「いいんだ。揺らぎそうになっているのはきっと、僕もだから」



 シャツをはおって、3人で抱きしめ合った。友情でも愛情でもない、罪の重さを確認する行為。
 この日私は、人類を裏切った。

 
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