自分では寝起きがいいほうだと思っていたが、ジャンに言わせるとそんなことはないらしい。朝のしごきが終わってようやく働くようになった頭でパンを食べていると、隣に誰かが座った。アニだ。
 アニと話したことは、何回かあるかないかという程度だったように思う。まだはっきりしない頭でアニを見ると目があった。金色の髪がさらさらと揺れて、せっかくの綺麗な目が片方隠れてしまう。



「おはようアニ」
「もう起きて二時間はたってるけど」
「そう?」
「変人って噂、本当だったんだね」
「ジャンのほうが変わってると思うけど」
「あれはあれで変わってるけど、あんたも大概だよ」



 アニはパンをちぎって口に入れた。冷めかけたスープを口に入れて、噛む必要もないほど小さくされた野菜を胃に流し込む。芋が入ってると腹持ちがいいんだけど、そんな贅沢はめったにない。
 パンとスープをあらかたお腹に入れてしまうと、胃が満たされて眠くなってきた。せっかく目覚めかけたのに、まぶたは隙あらばくっつこうと努力をする。アニも食事を終え、観察するように見てきた。



「いろんな噂が流れてくるけど、確かにこうして見ると女みたいだね」
「アニって、銃より大砲が似合うと思う。綺麗な金髪だし」
「は?」



 ここへ来る途中に一輪だけつんだ、紫色のちいさな花を取り出す。時間があれば部屋に置いてこようと思ったけど、アニにあげてしまおう。水に浮かべるより、こっちのほうが似合っている。



「ほら、似合う」



 花を髪のよこに持っていき、金色と紫色がお互いを引き立てあうのを見て微笑んだ。絵のような光景は、横に大砲があったら文句なしなのに。
 アニの耳のうえに花をさして、満足して眺める。アニはぽかんとしていたが、しばらくして睨んでいるようにも見える顔で見つめてきた。



「口説いてるわけ?」
「そうなるのかな。私としては訓練に使う大砲だけじゃ物足りないけど、まずはひとつずつ覚えないとね。最新のものもいいけど、古いのもいいと思うんだ。アニは銃と大砲どっちが好き?」
「アルマ(名前)、そこまでにしとけ」



 後ろから頭を軽くたたかれて振り向くと、呆れた顔をしたジャンがいた。いつのまに後ろにいたんだろう。ジャンの横にはマルコが座って、事の成り行きを見ている。



「話を邪魔するつもりじゃなかったが、アルマ(名前)がいつもに増して変だったからな。アニ、こいつは口説いてるんじゃない。大砲には花が似合うって言ってるだけなんだ。変人だろ」
「……確かに」



 そうでもないと思うんだけど。マルコを見ると、苦笑いされた。どうやらふたりの会話を否定する気はないらしい。
 アニが不意に私を見る。さっきまでと違う真面目な顔に、空気がぴりりとしたような気がした。



「率直に聞くけど、ライナーのことどう思ってるの」
「好きだよ」



 アニが目を丸くする。聞かれたことに答えただけなのに、そんなに驚かれるとは思わなかった。誰かが飲み物を吹き出す音がして振り返る。そこには、机と顔をふいているライナーがいた。



「ライナー、いたの」
「ああ。いまのは……」
「アニの質問に答えたんだよ。私に好かれるのは嫌だった?」
「いや……」



 ライナーが顔を背ける。必死に机をふいている横顔は普通だが、耳がほんのり赤い。もしかしたら、私が好きだという根拠がわからなくて困惑しているのかもしれない。私だって人に好きだと言われたら、どうしてなのか聞きたくなる。



「昨日ライナーに抱かれて、気持ちよかったから」
「はっ!? 俺がアルマ(名前)を!?」
「ライナー、きみ……」
「待てベルトルト、落ち着け! そうじゃない!」
「ライナーは寝ていたから覚えていないかもしれない。寒さで起きて、ライナーにくっついたら抱きしめてくれたんだ。あたたかくて安心した。人の腕というものは偉大だね」



 ライナーの耳が赤い。ベルトルトもジャンも、心なしか赤い。こういうとき、大抵わかっていないのは私とエレンだけだ。この事態を飲み込めないエレンと同じ顔を、私もしているのだろう。



「死ぬときは、大砲のなかに入って発射されて死にたいんだけど、たぶんライナーの腕のなかと似ているんじゃないかな。あたたかかったし」
「違うと思う」
「アニ、大砲のなかに入ったことあるの? どうだった? 入りきれた?」
「入ったことはないけど、違うよ」
「そう……似ているなら、またライナーと一緒に寝ようと思ったのに」



 実に残念だ。予行練習になると思ったのに。
 でも、それを差し引いてもライナーのとなりは心地よかった。ジャンに起こされないし、抱きしめてくれたし、あたたかかったし、何より安心して眠ることが出来た。誰かと眠るという行為がこれほど心を穏やかにしてくれるとは、思ってもみなかった。



「でもライナー、私はライナーが好きだからまた一緒に寝たい。ベルトルトが迷惑でないなら、ふたりに挟まれて寝てみたいとも思う。嫌だったら言ってほしい」
「──嫌じゃない」



 ライナーはぐっと何かを飲み込んだあと、観念したように言った。私の粘り勝ちに、アニが呆れたようにため息をつく。やっぱり小柄なアニには、最新の大砲がよく似合う。

 
return
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -