女だと証明するにあたり、決定的なものがあることを忘れていた。毎月子供をうむために血を流す作業のことだ。今月も律儀にきたそれは、どこか重くて憂鬱だった。
 ベルトルトのようにぶらさがるものを切った形跡もなかったし、毎月血は流れるし、つまり私は女だということだ。間違いだと言うには時間が経ちすぎた。最初に言っておけば書類の間違いということで終わったのに、ひと月もここで過ごしてしまっては、こちらにも落ち度があることになってしまう。
 最初の夜に、次に違反を見つけたら開拓地行きだと言われたことを思い出す。もしこれを報告したら、開拓地に送られてしまうかもしれない。大砲にさわれなくなるから、それは嫌だ。

 今日撃った大砲のことを思い浮かべる。綺麗に磨かれて光る黒い筒、火薬のにおい、発射したときのびりびりと震える空気。火をつけるときの高揚。狙いを定めて結果を待つ一瞬。すべてが想像以上で、できることなら一日中大砲にさわっていたいくらいだった。
 しっとりした空気をまとった宵闇のなかを、そうっと歩く。お風呂は二日に一度入れるけど、汗でべたついた体でそれを待つのは嫌だった。バケツに水を入れて、ひとりになれる場所を探して歩く。誰もいない場所、建物の影で立ち止まって、バケツのなかに適当につんだ花を入れた。花は好きだ。大砲に一番よく似合う。

 清潔な布を、花のかおりのする水にひたす。シャツを脱いで体をふいていると、誰かが来る気配がした。息をひそめるのは得意だ。背の高い草のなかに身を隠してしばらくして、足音がふたりぶん近付いてきて立ち止まった。



「……ライナー。僕たちの目的を覚えてる?」
「ああ。もちろんだ」



 声と名前からして、ライナーとベルトルトのようだ。隠れている必要はなくなったが、上半身が裸なせいで出ていけない。自分が根っからの女だとわかった以上、胸を見られるのは遠慮したい。もし男だとしても、なかなかこの気持ちは消えないだろうけど。



「故郷に帰る。それだけだ」
「なら、いいんだけど」
「……もう引き返せない。もしここでやめたら、俺たちは壁を壊しただけの人殺しだ」
「──うん」
「同じ重さだ。いいか、巨人にだけはならないように注意しろよ」
「ライナーも。アルマ(名前)のこと、気になってるみたいだから」
「女みたいだからな……襲われても不思議じゃない。さすがに寝覚めが悪いだろう」
「ライナー」
「わかってる」



 それからふたりはしばらく黙ってから、どちらからともなく歩き出した。気配と足音が消えてしばらくして、ようやくシャツを着る。すこし濡れた体はもう乾いていた。ズボンと下着を脱いで、こちらも布で拭いていく。
 ようやくさっぱりした体で水を捨て、就寝時間になる前に見つからないように帰るべく静かに歩き始めた。見つかったらトイレに行って帰っている途中だと言おう。

 部屋に帰ると、マルコとジャンが憲兵団の話で盛り上がっていた。なんでもはっきり言って反感をかいやすいジャンを、マルコはうまくなだめていると思う。ふたりの隣に座ると、マルコが何かに気付いたように口を開いた。



「あれ? アルマ(名前)、なんだかいいにおいがする」
「花を浮かべた水で体を拭いてきたから」
「花ぁ? お前、どこまで女っぽいんだよ」
「大砲に一番似合うのって花でしょ? 紫が大砲の黒に映えると思うんだけど、ジャンは何色がいいと思う?」
「アルマ(名前)の頭には合わせらんねえよ」



 ジャンは呆れたように言って、マルコと続きを話しはじめた。それをぼんやりと見ながら、さっきのふたりを思い出す。冗談を言っているようには見えなかった。私がいるとは知らなかっただろうし、それなら余計に冗談を言う意味がなくなってしまう。
 ふたりは巨人になれて、門を壊した。いままで壁を壊したのは、超大型巨人と鎧の巨人だけだ。どっちがどっちかすぐに想像できてしまうことでまた冗談から遠のいて、とりあえず寝ることにした。もしあのふたりが巨人になって人類を襲い始めたら、どうやっても抗えないだろう。それより自分でなんとかできる、女なのに男と間違えられている問題をどうにかしよう。
 そう思ってベッドに潜り込んだのに、解決策を思いつく前に寝てしまった。

 
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