薄い布団と慣れない枕にしてはよく眠れた。ふわ、とあくびをして跳ねた髪をゆらす。ショートカットは楽だけど、結んで寝癖をごまかすということが出来ないのが難点だ。布団をかぶって着替え、綺麗にたたんだ。もうすぐ教官がチェックしに来るだろう。
 鏡のなかの自分は、顔を洗って髪をとかしたおかげで、なんとか見られる姿になっていた。毛先がすこしだけ跳ねている黒髪。顔は見慣れすぎているせいで、男に見えるかわからない。胸はない。体は筋肉も脂肪もついていないせいで薄っぺらく、背はジャンと同じくらいだ。



「んー……こうして見ると確かに外見で定義するということは愚かなのかもしれない」
「アルマ(名前)、何やってんだ。教官が来たぞ」



 ジャンの声に、自分のベッドの近くに敬礼して立った。教官が細かくベッドのチェックをしていくのを、あくびを噛み殺しながら待つ。朝のすがすがしい空気のなか、教官の怒鳴り声が響きわたった。
 半分近くやり直しを命令させられ、合格したものだけが外へ出る。これで訓練に遅刻したらペナルティがあり成績にも響くので、みんな必死だ。横を歩くジャンが意外な顔をしながら瞬きをした。



「アルマ(名前)って意外と几帳面なんだな」
「きちんとあるべきところにあるべきものを置かなければ、銃だって暴発するでしょ? ベッドが大砲じゃないのが残念で仕方ないよ」
「はあ?」



・・・



 その日の訓練は、やはり男と一緒に受けた。私を割り振った人の考えはわからないけど、入団するときの書類には確かに女と書いたはずだ。短い昼休憩のあいだに、迷いながらも事務室へと向かう。狭い部屋のなかでは、おっとりしたおばさんが一人でペンを握っていた。



「失礼します。104期生のアルマ(名前)・フォス(名字)ですが、少し聞きたいことがあって」
「あら、何かしら」
「入団したときの書類を見せてほしいんです」
「ああ、ちょっと待ってね」



 しばらくして差し出されたのは、確かに自分が書いた入団書類だった。しかし女と書いた箇所だけ訂正され、しっかりと男にされている。訂正した覚えはない。



「入団するというのは兵団の知識を有するということなの。だから、身元を調べたうえで入団させるのね。もちろんここで落ちる人もいるわ」
「はあ」
「あなたの性別のことなんだけど、戸籍は男になってたの。その程度の間違いじゃ落とさないけど、次は気をつけてね」
「はあ」



 戸籍が男になっていたということは、お母さんがそれで届け出たということだろうか。お母さんなら有り得る。つまり私は男になった……いや、最初から男だったということにいま気付いたということで合ってる、のかな。
 考え込む私の手から紙を取り、おばさんは急かすように時間を教えてくれた。もう座学がはじまってしまう時間だ。お礼を言って部屋をでて、急ぎ足で教室へと向かう。頭がぐるぐるとして落ち着かなかった。



「おいアルマ(名前)、どこ行ってたんだよ」



 教室にすべりこむと、私のぶんの席をとっておいてくれたジャンが疑わしそうに聞いてきた。ジャンは性格がいいとは言えないし思ったことがすぐ顔と口に出る子供っぽい人間だが、世話をやいてくれる一面もある。



「ジャン……私、男と女どっちに見える?」
「はあ? どっちに見えてほしいんだよ」
「──わかんない」
「っつーか、自分のこと私って言うのかよ。オカマっぽいぜ」
「オカマか」



 いまの私にこれほどしっくりくる言葉もない。そうか、私はオカマだったのか。ようやく整理がつきかけたとき、先生が入ってきた。今日は巨人のことを教えてくれるらしい。
 巨人のことはわかっていることのほうが少ない。優しそうな先生は、不安に怯える生徒が次々と挙手して投げかける質問を、丁寧に答えていた。もっとも、ほとんどが要約するとわからないということだったのだけど。せっかくだから、私も挙手して聞いてみることにした。



「巨人にへそはあるんですか?」
「へそ?」
「はい。もしへそがあるなら、そこにへその緒があったということで、ずいぶん長く太いものなのだろうと」
「へそはない。もしあれば、どうやって繁殖しているかもわかったかもしれないが」
「へその緒なしで繁殖しているということですね」
「そうだ」



 もしへその緒があるなら、すこし見てみたかった。きっと大きくて、生臭くならないように煮たら食べられたかもしれないのに。もしそれがおいしくて珍味になるなら、調査兵団の志願者が増える気がする。
 鐘がなって授業が終わり、つぎは馬術の訓練が待ち構えている。座っているのも疲れたのでさっさと立ち上がって膝をのばすと、ジャンものろのろと立ち上がって肩に手を置いてきた。



「間違いない。アルマ(名前)は今期一番の変人だ、自信を持て」
「ねえ、へその緒って生臭いのかな」
「……食う気か?」
「食糧難の画期的な改善策」
「画期的すぎるだろ……」

 
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