「名前はアルマ(名前)・フォス(名字)で間違いないわね」



 紙に名前を書かせた女性は、下を向いて凝りかたまった首をようやく上げた。女性の着るジャケットの紋章には、ふたつの薔薇が絡みつく様が刻まれている。女性はアルマ(名前)・フォス(名字)と書いた人物の立ち去る姿を一瞥し、次にやってきた人物に名前を書くように告げようとしたところでミスに気がついた。性別を書いてもらうのを忘れた。
 ウォール・マリアが巨人に支配されたのはつい先日のことだ。壁の向こうに、たかが書類を取りに行くことなどしない。女性はためいきをつき、さきほどの人物を思い出そうと努めた。名前は女のようだが、中性的で男女どちらとも考えられる。顔は見なかったが、声は聞いた。すこし高めの、落ち着いたアルト。黒髪は無造作に短く切られていて、胸は……なかったはずだ。

 疲れのピークから、女性はアルマ(名前)の名前の横に、男と書き添える。すこしのあいだ引っかかっていたアルマ(名前)の名は、寝る暇もない忙しさのなかですぐに忘れ去られてしまった。



・・・



「……ん? あれ?」



 これはさすがにおかしいんじゃないか。入口で立ち止まった私を迷惑そうに避けていく男子は、まだ知らない顔ばかりだ。104期の男がつめこまれた部屋では、すでにベッドに座って交流を深めようとするざわめきで満ちていた。

 そういえば、途中からおかしかった気がする。走れと言われたときに女子と一緒に行こうとしたら、男子と一緒に走らされた。食堂では男ばかりに話しかけられた。あげくに、就寝する場所は男のなかだ。
 あごに手を置いて考えて、ひとまず与えられた場所に行ってみることにした。窓に近い、二段ベッドの上の奥。荷物をおろすと、横にいた男がまじまじと見つめてきた。コルク色の髪がランプの光をあび、綺麗に光っている。



「アルマ(名前)・フォス(名字)?」
「うん。君は?」
「ジャン・キルシュタインだ。これからよろしくな」
「よろしく。さっそく聞きたんだけど、ジャンって男?」
「あ?もちろんだろ」



 まわりも男しかいないこととジャンの答えで、ここが男部屋だということが確定する。しかし私は女だったはずだ。もしかして知らないうちに男になったのか。
 いや……そもそも男女の定義とはなんだ。子供を産めるのが女だが、私は子供を産むつもりはないし、心臓は人類に捧げた身だ。兵士という、男女など関係ないものになろうとしたばかり。そうなると、私がここにいるのもおかしくはない。



「ジャン、男女の定義ってなんだと思う?」
「はあ?」



 ジャンの眉が寄った。顔に「なんだこいつは」という文字が書いてある。
 私たちに会話がないからか、まわりの声がよく聞こえてきた。出身地の話、どうしてここに入ったか、これからどうするか、今日のしごきの内容。だいたい似ている言葉を口にしているのを聞いて、質問を考え直してから口を開いた。



「ジャンの出身地では、男女ってどう区別してた? ここに入ってからその価値観はかわった? 今日も男女別で走らされたしね」



 ジャンはたっぷり十秒は私の顔を見つめたあと、なんとも言えない表情をして首をかしげた。つられて一緒に首をかたむけて、また十秒。
 思えばジャンはこの部屋割りを決めたのではないし、聞くなら教官に聞くべきだ。早くしないと就寝の鐘がなってしまう。天井に頭をぶつけないように立ち上がってはしごをおりはじめると、ジャンが覗き込んできた。



「どこ行くんだよ」
「教官に聞いてくる」
「は!? おい!」



 教官の部屋に行きたいが、場所がわからない。まあそれらしい場所に行けばそれらしいところで会うだろうと、部屋を出て歩きはじめる。外はもう暗く、やけに明るい月が自分のまわりだけを藍色に照らし出していた。



・・・



 それらしいところで出会った教官は、私を見つけたとたん目をつり上げて近付いてきた。



「貴様! なぜ出歩いている! 名乗れ!」
「はっ! アルマ(名前)・フォス(名字)です!」
「夜間に出歩くのは禁止だ! 部屋に戻れ! 今日は見逃すが、明日から見つけたら開拓地行きだ!」



 それは嫌だ。開拓地に行くと、大砲をさわれなくなってしまう。大砲や銃をさわるために訓練兵になったというのに。銃ならともかく、大砲なんて兵士くらいしかさわる機会がない。



「走らずに急いで帰れ!」
「はっ!」



 回れ右してできるだけ大股で廊下を歩く。そういえばどっちから来たんだっけ。なんとなくという勘で歩いてきたから、帰り道なんて覚えているはずもない。

 結局鐘がなるぎりぎりに部屋にすべりこみ、ランプを消す前の点呼になんとか間に合った。点呼を終えるとランプがすぐに消され、さきほどまでの喧騒が嘘のように静かになる。暗くなった部屋のおさえた話し声に紛れ込ませるように、ジャンがこっそりと聞いてきた。



「大丈夫だったのかよ」
「次やったら開拓地行きだって」
「だろうな」



 はっ、と馬鹿にするような笑いが聞こえてくる。ジャンは寝やすい体勢を求めてこちらに背を向けたあと、もう一度寝返りをうってこちらを向いた。髪と同じコルク色の目が、月の光を反射してきらきらと光る。



「男女の定義は聞いてきたのか?」
「あっ」
「……アルマ(名前)って、変人ってよく言われただろ」
「そんなこと初めて言われた。ジャンって変人だね」
「……お前にだけは言われたくねえよ」

 
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