横で本を読んでいるアルマ(名前)は、好きなものにのみ発揮する集中力を駆使して目を素早く動かしていた。マルコに借りたという本には、詳しく大砲のことについて書かれているらしい。オレなら絶対に読まないそれを、アルマ(名前)は宝物でも見つけたみたいに目を輝かせてページをめくっていた。
 ふう、と一瞬だけアルマ(名前)の気が抜けた瞬間を逃さずに声をかける。



「おい、もうすぐ鐘がなるぞ」
「え? ああ、もう就寝時間か」



 アルマ(名前)は名残惜しそうに本を表紙を指先でなでてから、適当にちぎった紙をしおりがわりにページに挟んだ。瞬きを最低限にして本を読んでいたせいで乾いた目で、ぱちぱちと瞬きをするのを眺める。なんだか、だんだんと女顔になってきた気がする。



「今日で確信が持てたよ。ジャンは、私がキリのいいところまで読んだところで声をかけてくれているんだね。すぐに本を閉じられるように」
「べつに。偶然だろ」
「私だって、一回や二回では気付かないよ。ジャンの顔は馬に似ているのに優しい」
「うるせえよ」



 アルマ(名前)のまっすぐな言葉は、いつも変に胸に刺さる。主にトラブル的な意味で。



「今日はライナーのところに行かなくていいのかよ」
「うん。頻繁に行っていると、ライナーだって疲れるだろうから」
「まあ、ある意味な」



 ライナーがアルマ(名前)を、おそらく恋愛感情で好きなのは周知の事実だ。無防備に人の布団に入り込んで暖をとるアルマ(名前)の行動は、ライナーにとっては試練だ。抱きしめて眠るだけで終わっているライナーを、尊敬していいのか馬鹿にしていいのかわからない。なにしろオレ達は、ちょっとしたことで元気になってしまう年頃なんだから。
 アルマ(名前)は本を枕元において、いつもの無表情でオレを見た。薄いくちびるが開く。



「私はたまに、淡白だとか何を考えているかわからないと言われることがあってね。それを言われても、人に溶け込むために性格を変えたり、偽ろうとは思わなかったんだよ。だから訓練兵になっても、ひとりでいるんだと思っていた」
「お前がなにを考えてるかは、誰にもわかんねえよ」
「訓練兵になったとき、どうしたらいいかわからない事態になっていて、いま思えば混乱していたんだと思う。いろんなことが立て続けにおこって、私ひとりではどうしようもなかった。だけど、ジャンが私を受け入れてくれて、いつのまにか友人と言える関係になっていた」



 オレはアルマ(名前)を受け入れた覚えなんてない。強いて言うなら、慣れだ。銃の話を聞き流すことも、冷たい足も、ぼさぼさの寝癖も、すでに日常となっている。
 これを受け入れたというのなら、いままでアルマ(名前)のまわりには、こんなに長く一緒にいた人はいなかったことになる。有り得ない母親の話をなんでもないようにするアルマ(名前)を思い出して、なんとなく心が変な音をたてた。



「人と眠るのは安心するということを、最初に教えてくれたのはジャンだ。だから私は、基本的にはジャンの横で寝たいんだよ。寝相が悪くても」
「オレは布団を取られるけどな」
「私は殴られて蹴られて、ジャンは布団をはぎとられて湯たんぽ代わりにされる。イーブンだと思うね」



 アルマ(名前)の目がほんのすこし細くなる。最近気づいたんだが、これはアルマ(名前)の笑顔らしい。オレたちと馬鹿やって騒いでるときでもアルマ(名前)は笑わないが、いつも目が優しくなって細められる。まあ、これに気づいたのはライナーなんだが。



「そしてライナーが私の寒さを取り除いてくれた。一緒に眠れば悪夢をみることもない。ライナーがなにかを分泌しているのかと思っていたけど、これは私の内面の変化によるものらしい。ベルトルトが教えてくれた」
「だろうな」



 鐘がなって、雑談じゃなくてベッドにもぐりこむ音が部屋に満ちる。アルマ(名前)は布団を巻き込みながら、丸まって横になった。この体勢から、足だけオレの布団に突っ込んでくるから油断ならない。



「だからジャン、新しい銃を開発したら、ジャン・キルシュタインという名前をつけたいくらいには、私はジャンのことを好いているんだよ。となりのベッドがジャンでよかった」
「……おう」



 こいつの真っ直ぐさには、まだ慣れない。たぶん、いつまでたっても慣れないだろう。
 だけどアルマ(名前)のこういうところだけに慣れていないのは癪にさわるから、聞き流せるようになるまで友人でいてやってもいい。世話するのはごめんだけどな。

 
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