クリスタに借りた、フリルのたくさんついたブラウスはぴったりと肌に張り付いていた。胸に詰め物をしたせいで、巨乳になっている。スカートはすこし短い。150センチもないクリスタの服を私が着たら、こうなるに決まっている。

 男全員でお金をだして買ったという黒髪のカツラは背中まであって、長い髪に慣れない私の視界をすぐに遮った。
 鏡のなかの自分は綺麗に化粧をしていて、くちびるは赤い。まつげがやけに長くて頬が桃色の、見慣れない私が見返してくる。アニが力を抜いた。



「なんとかなったね。アルマ(名前)が女に見えるよ」
「それはよかった。これで似合わなくて盛り上がらなかったら、奥の手を披露するしかなかったよ」
「奥の手?」
「銃を改造して、中から花が飛び出るようにしたんだ。八割の確率で詰まるのが難点だけどね」
「それは奥の手とは言わないよ」



 アニが立ち上がって、部屋を出ようと言ってくるのに頷いた。廊下にでると、さわいでいる声がかすかに聞こえてくる。
 今日は訓練を一年乗り越えた、記念のパーティーだ。女と男でひとつずつ出し物をするのが恒例らしい。女の出し物はもう終わっているだろう。とても残念だ。
 アニが、暗い廊下をランプで照らしながら、背筋をまっすぐ伸ばして歩いていく。私はその後ろ姿が好きだ。アニすこし後ろを歩く私を見てから、前髪を耳にかける。



「アルマ(名前)が、この出し物を引き受けるとは思わなかった」
「どうして?」
「女だとバレるかもしれないだろ」
「訓練兵になってから知ったんだけど、思い込みというものは少しのことでは消えないんだよ。根底にあって、それを前提に物事を考えるから、物事を疑っても根底は疑わない。それをしてしまったら、世界が崩れてしまうからね。だからみんなは、私が女に見えても女装したとしか思わないよ」



 この案を聞いたときは、私よりもライナーとベルトルトが慌てていたように思う。二人があまりに慌てるものだから、ジャンが引いていた。
 第二の案は、ジャンと馬を並べてどっちがジャンか当てるゲームだったらしい。なかなか難しいゲームになると思ったけど、ジャンが怒ったのと食堂に馬を連れてこれないので却下になった。とても残念だ。



「私が女装するために、みんなでお金を出し合って、高価なカツラを買ってくれた。似合わなくても構わないと言ってくれた」
「ほかに案がなかったんでしょ」
「それがなんだか嬉しくてね。私はこれでも、みんなが好きなんだよ。私を受け入れてくれる世界なんてないと思っていた。ひとりでいるのだと思っていた。ライナーが、それを変えてくれた。ジャンが受け入れてくれた。ジャンが私に女装してくれと言うのなら、迷わずするよ。ジャンは大切な友人だからね」



 食堂についた。なかから騒ぐ声が聞こえてきて、今夜ばかりは教官もなにも言わないのだろう。横にいるアニは、驚いたように私を見ていた。低いところにある頭をなでて、そっと手をおろす。



「私は、アニとも友人になりたいと思っているよ。お互いに秘密を打ち明けた、いわば共犯者だから。私の秘密はささやかなものだけど、それでも、この先誰かに言うことはないよ。私の秘密は、もう三人のものだ」
「……馬鹿じゃないの」



 アニはぽつりとこぼすように言ってから、食堂のドアを開けた。行くよ、という言葉に頷いてからアニの後ろについて食堂に入る。
 さわがしかった食堂が、徐々に静かになっていく。ゆっくりと歩くようにアニに言われたことを思い出して、すこし小さな歩幅で歩いた。壁際の真ん中あたりについたころには、食堂は静まり返っていた。アニに言われたとおりにくるりと回って、それから顔をあげる。誰もなにも言わないのを不思議に思いながら、原因をさぐった。
 化粧をしているとはいえ顔は私だし、服はクリスタのものだけど体は私のものだ。どこが違うのか探して、布で大きくした胸が目に付く。これか。



「ああ、胸は布をつめているだけだよ。それにしても女の体というものはすごいね。胸があると銃を構えるのに支障がでるのに、難なく銃を撃つ。それに、一番女らしい下着をはいてきたけど、とても不安定だ。これは脱げたら大変だと思う」
「……お前……どこまでもアルマ(名前)なんだな……。っつーか女らしい下着ってなんだよ」
「ああ、ジャンは女物の下着を見たことがないんだね。両サイドを紐で結んで固定しているんだよ。隠す部分は少ないし、紐がほどけたら落ちるだろう。以前、母親が馬鹿息子に私を売ったときに、これをはくように言ってきたんだ。それを持っていたからはいてみたんだけど、これは危険だね。下着をはいていないほうがいいくらいだ」
「ばっ、お前、なに言って!」
「アルマ(名前)!」



 慌てるジャンを押しのけて、ライナーが駆けてきた。巨体で私を隠すように抱きしめられて、シャツに紅がつく。
 ライナーはジャケットを脱ぐような仕草をしたが、いまは私服なのでシャツしか着ていない。慌てながらもう一度抱きしめられて、なぜか怒ったように見てきた。



「なんてことを言うんだ。この服、サイズがあっていないぞ。下着のことをわざわざ人に言うんじゃない」
「服はクリスタに借りたから仕方ないよ。下着は、」
「下着という単語を口にだすんじゃない」
「……陰部を隠す目的の布は、」
「だから! ああもう……」
「そうだライナー、服に口紅がついてしまった。すぐに洗わないと落ちないかもしれない」



 シャツの襟についた紅は、唇の形ではっきりと付着していた。染み抜きをしなければいけないそれを、ライナーはそっと指先でなでる。



「記念にとっておく」
「記念? なんの」
「アルマ(名前)がスカートをはいた記念、だろうな」
「ライナーが望めばいつでもはくよ。ジャンやマルコが望んでも同様だ」



 ミーナが「五角関係……」とつぶやいたのを皮切りに、食堂が徐々にざわめきに満ちていく。ロニーはなぜか泣いて神に祈っていた。
 コニーに引っ張られて輪のなかへ飛び込んでいくなか、後ろを振り返ると、ライナーが仕方ないというようについてきてくれた。もしかしたら私は、ライナーがいるというだけで安心してしまうのかもしれない。

 
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