「おはよう、アルマ(名前)」
「ああライナー、おはよう。日が昇るのが早くなってきたけれど、人は同じ時間に起きるだろう? それに鐘も同じ時間に鳴る。そうして季節は回っているのだろうけど、それを感じないためには土地を移動しなくちゃいけないのかな」
「つまり?」
「朝日が眩しいんだ」
「目に布でもかぶせてみたらどうだ?」
「そうか。明日からそうしてみる」



 ライナーが、私の寝癖をなおすようにいじる。ジャンがあくびをしながら、じっとりした目でこっちを見た。寝起きのジャンの目つきの悪さは、いつもの三割増だ。
 寝癖のついた髪をかきあげて、ジャンがのそのそと布団から出てくる。



「お前ら、朝からいちゃつくのやめろよ。104期の第一カップルが男同士だなんて、笑えねえぞ」
「おはようジャン。今夜から目隠しをして寝るから、もしジャンが起きたときに外れていたら付けなおしてほしい」
「なんでオレがそんなことしなきゃなんねえんだよ。ライナーにしてもらえ」
「ライナーは寝る場所が遠い」
「いや、俺がしよう。ジャンには荷が重い」
「はあ? アルマ(名前)に目隠しするだ、け……」
「な?」
「……ああ。オレが悪かった。これはライナーにしかできない。理性を保てよ」
「……努力する」



 私は一度寝たら、すこしのことでは起きない。目隠しをなおしてくれるあいだに寝ぼけて抵抗するなんてことはしないのに、どうしてそんなに深刻そうな顔をしているのだろう。



「私はジャンのように寝ているあいだに人を殴ったりしないし、ベルトルトのようにひどい寝相でもない。もし寝ているあいだに私が何かしているのなら、教えてほしい。言っておくけど、寝ているあいだは銃を持っていないよ」
「なんでもない。アルマ(名前)は気にするな」



 ライナーはそれ以上言う気がないようで、早くしないと訓練に遅れるとだけ言って身支度をしに戻ってしまった。寝ているあいだは自分がなにをしているかわからないから聞いているのに、ごまかすのはライナーらしくない。ジャンまでなにも言おうとしないから、すこし気落ちしてベッドを整えることに集中した。
 私だけわからないのはいまに始まったことではない。私はおそらく、ジャンよりも人の機微がわからないから。あとでマルコにでも聞いてみよう。



・・・



「というわけなんだマルコ。私は疎いから、ふたりの会話がわからなかった。もしマルコがわかるのなら、わかりやすく教えてほしい」



 立体機動を整備する手をとめて、マルコは困ったように笑いながら私を見た。どうやらマルコにはわかったらしい。



「うーん、僕もその場にいたわけじゃないから、はっきりとは言えないけど」
「うん」
「寝ている相手に目隠しをするのは、気分がいいことじゃないよ。アルマ(名前)はしょっちゅうジャンの寝相が悪いって言っているけど、手足を縛ろうとは思わないだろ? それと同じだと思うよ」
「たしかに、ジャンを縛ろうとは思わなかった。ライナーに、目隠しは私が望んでいることだから気にしないように言ってみるよ」
「まあ、うん、そうだね。ライナーの理性が焼ききれないことを祈るよ」



 マルコは意味のわからないことを言って、立体機動に視線を落とした。マルコはこうして丁寧に立体機動を扱う。それが銃でないことが残念でならない私と違って、マルコはガスを吹き出すそれを大事にしているのだ。



「マルコは偉大だ。銃じゃなくて、立体機動になりたいと思ったのは初めてだ」
「そうなの?」
「うん。こんなに大事に扱ってもらえるなら、それもいいかもしれない」
「それ、ライナーに言ってごらん? きっと面白いよ」



 マルコがくすくすと笑って、磨き終えた立体機動を所定の場所へ戻す。暗くなった窓の外を見たマルコが、ランプを持って部屋を出ようと促してきた。それに頷いて廊下にでて、もうすぐ鐘が鳴る時刻であることを確認する。早く部屋に戻らなければ、開拓地行きになってしまう。
 マルコと並んで明日の訓練のことを話しながら、外を歩いて男子部屋へと向かう。近くまで行くと、まだドアも開けていないのに大きな話し声が聞こえてきた。まわりを見て、教官が見えないことを確認する。



「いいだろジャン! 一晩だけだから!」
「はあ? だからなんでオレが」
「ジャンにしか頼めないことなんだよ! 一晩でいいからアルマ(名前)の横で寝たいんだ!」
「あいつ、男だぞ」
「わかってるよ!」
「……ライナーに殺されるぞ?」
「それは嫌、だけど、たまにはむさ苦しさから逃れたいじゃないか」



 なぜ私の名前がでているんだ。マルコが慌てたように私を引っ張るのを無視してドアを開けると、ジャンとその横にいたロニーが驚いて私を見た。
 ドア越しの会話はところどころ途切れていてはっきりと聞こえなかったけど、だいたいのことはわかった。



「ロニー。悪いがそれは認められない」
「アルマ(名前)、聞いてたのか?」
「たしかにライナーはあたたかいし抱いてくれるし、一緒に眠れば寒さを感じることはない。だけど今晩は駄目だ。ライナーは私と一緒に寝て、目隠しをしてくれるんだ」
「目隠し!?」
「ああ。外れたらきちんとつけてくれる約束をした。一晩中」
「一晩中!?」



 ジャンとマルコが頭を抱えるのが見えた。ロニーが膝から崩れ落ちて「夢見ることも許されないのかよ!」と叫ぶ。その肩に手を置いて、なにを言おうか考えてから口を開いた。



「ライナーは人を気遣える。頼めば、快くロニーに目隠しをしてくれるよ」
「逆だろ!」
「ああ、ライナーに目隠しをしたいのか。そればかりはライナーに聞いてみないといけないな」
「逆だろ……」
「もしかして、ロニーは銃を持って寝ているの? どんな銃なのか見せてもらってもいいかな。ぜひ参考にしたい」
「なんのだよ……」



 一向に銃を見せてくれないロニーは、うなだれたまま立ち上がる気配を見せない。どこか落ち込んでいるようだ。とっておきの大砲の話でもしようかと思っていると、ジャンにすこし乱暴に背中を押された。



「さっさと行け。もうすぐライナーも帰ってくるだろ。今日はそっちで寝ろ」
「わかった。ロニー、明日はとっておきの大砲の話をするよ。きっとロニーも大砲に詰まりたくなる」
「今まさにな……」
「まさかロニーも大砲が好きだなんて思わなかった。どの大砲に詰まって死にたいか考えたことはある? よければその大砲と理由をつけて教えてくれないかな。私の理想は、」
「いいから行け。ライナーのベッドにいるんだぞ。わかったな」
「わかった。ロニー、この話はまた明日」



 ロニーの代わりにマルコがおやすみを言って、ロニーの背中をなでる。マルコの手つきは優しくて、まるでロニーが立体機動みたいだ。やっぱり立体機動になるなら、マルコが使うものになりたい。

 
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