「こっ、後悔すんなよ! やめるなら今のうちだからな!」
「ジャンこそ、足震えてるじゃん。本当は怖いんですうって、ミカサに泣きついていいんだからね!」
「んなことするわけねえだろ! あとで泣きべそかいても知んねえからな!」
「ジャンこそ!」



 ぎりぎりとにらみ合って、ふんっとお互い顔を背ける。入口にいたお姉さんは、苦笑しながら私たちの喧嘩とも呼べないものが終わるのを待ってくれていた。前の人が案内されてもう数分たつ。時計を見たお姉さんが、ゲートを開いて私たちを笑顔で送り出してくれた。



「いってらっしゃいませ! 絶叫おばけやしき、二名様ご案内でーす!」



入 口をくぐったとたん、ひんやりとした冷気が肌にまとわりつく。いつもなら嬉しい冷房も、いまは怖さを増すスパイスにしかならない。
 まぶしい外から入ったせいで、暗闇に目がなれるまで時間がかかった。おどろおどろしい音楽が流れるなか、ジャンが無駄に背筋をまっすぐ伸ばす。



「やっ、やめるなら今のうちだぞ! 入口はすぐ後ろだからな!」
「ジャンが引き返して、お姉さんに笑われればいいじゃない」
「オレは怖くねえんだよ!」
「私だって!」



 入口で言い合っても、怖さがなくなるわけではない。後ろの人が入ってこれなくて迷惑するだけである。
 ごくりと恐怖を飲み込んで、暗い病院のなかへ一歩踏み出した。負けじとジャンが大股で歩き出して、ふたりして競争のように歩き出す。廃病院になったこの場所では、医療ミスで死んだ患者や、それによって首をくくった医者、その他もろもろの幽霊が成仏できずにさまよっていると、お姉さんが教えてくれた。そんなこと言わないでいいのに。



「おい名前、足はやいぞ。幽霊にぶつかっても知らねえからな」
「ぶつかるならそれは幽霊じゃなくて人ですうー。そんなことも知らないなんてジャンってお子様ー」
「はあ!? ポルターガイスト知らねえのかよ!」
「知ってるわよそれくらい! ポルターガイストと体があたるのは別って話を、」



 がたん。大きな音がして、思わず立ちすくむ。ジャンも同じ音を聞いたようで、真っ青になって私と同じ方向を見ていた。暗くて見えない廊下の先から、ずるりずるりと、何かを引きずるような音がする。
 ずるり、ぺたん。ずるり、ぺたん。だんだんと近付いてくるそれに、ハッとしたようにジャンが私の手を握った。



「行くぞ!」
「う、うん!」



 震える足を必死に動かすけど、ジャンとは性別も足の長さも体力も違うせいで、前を走る背中についていけない。ジャンが舌打ちをして私の手を引っ張って、誘導するように走ってくれた。私たちが通り過ぎたあとの道に、機械仕掛けの幽霊が間抜けに飛び出しているのが見える。たしかに、お化け屋敷を全力疾走する人なんてあんまりいないかもしれない。



「おい、大丈夫か」
「なん、とか……インドア派なめんな……」
「威張るなよ」



 呆れたように言うジャンは、寒いほど冷房のきいた室内なのに、ぱたぱたと襟元を動かして風を送った。息を吸うたびに切り裂かれるように痛む喉と、きりきりとした痛みを訴えてくる脇腹を無視して、なんとか息を整える。もう半分は来たはずだ。そう信じたい。



「もう大丈夫。行こ」
「まだ辛そうだぞ」
「長居したい場所じゃないから」
「確かにな」



 血まみれのベッドと鏡がある手術室は、低く恨みがこもったようなBGMがかかっていた。行くべき方向を見つけて、ジャンが手を差し出してくる。それを素直に握って部屋を出たとたん、がばっと何かが出てきた。驚いて硬直するしかない私の前に、なにかが立ちふさがる。



「くそっ、不意打ちかよ!」



 焦点をゆるゆると合わせると、目の前にジャンの背中があった。私を自分の背中のうしろに押し込んで、出てきた物体と対峙しているジャンの腕は、私の腰にまわされている。
 とっさに私の前にでて、かばってくれた。そう気付くのにたぶん一秒もかからなかったのに、数分にも感じられた。焦ったジャンの顔がいつもよりかっこよく見えて、たぶんこれを惚れ直したというのだろう。



「名前、走るか? ……おい、名前?」
「エロいことしてると幽霊はよってこないんだって。どこかで聞いた」



 ジャンの首に手を回して引き寄せてキスをする。目を丸くしたジャンが、こんなときに何やってんだと怒るのに笑う。さっきまであんなに怖かったのに、今は全然怖くない。



「ありがとジャン。惚れ直した」
「っはあ!?」
「ミカサに惚れてたこと、忘れてあげる」
「……名前と付き合う前だろうが。そんなこと言ったら、名前だってエレンのこと好きだっただろ」
「エレンは友情の好きよ。ジャンの気を引くためにちょっとね、情報操作を」
「は!?」



 幽霊は放置して、ジャンとふたりで手をつないで、まるで散歩しているみたいに出口へ向かう。口笛でも吹きたい気分になったけど、残念ながら私は口笛が吹けない。口でそれらしい音をだしながら歩く私の頭を笑って小突いてくるジャンは、昨日よりずっとかっこよかった。


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