綺麗な金色の髪が雫を孕んで、地面に水滴を落としていく。いつもよりぺたんとした髪の毛にかこまれた顔は、困りきって空を見上げていた。青く高い入道雲が浮かぶ空から一転、黒い雲と雷に支配された空は、容赦なく大粒の雨を降らせている。
 毛先から落ちた雫が首を伝って、濡れた服に染み込んでいく。ふるふると首を振ったアルミンは、かばんからタオルを出して私の頭にふんわりと乗せた。



「ごめんね、いきなり夕立になるなんて思わなくて。濡れちゃったね」
「アルミンが謝ることじゃないよ。あんまり濡れてないから大丈夫」



 潰れた喫茶店の軒下で、表面だけ濡れたような髪と、ところどころ湿ってしまった服を持て余しながら夕立がやむのを待つ。今日は髪を結んでいないからまだいいけど、せっかくセットした髪が台無しになってしまった。靴も濡れたし、もし歩くときに長靴みたいな音がしたらどうしよう。
 アルミンが、そうっと髪を乱さないようにタオルでふいてくれる。私もかばんからハンカチを出して、アルミンの綺麗な金色の髪をふいた。痛まないように、ハンカチで包んで軽くたたくようにして水分を吸い取っていく。



「僕はいいから、自分を拭いて。風邪でもひいたら大変だよ」
「アルミンこそ。エレンが、昔はよく風邪をひいたって」
「そんなの、昔の話だよ」



 夕方といえど夏は日が沈むまで暑くて、雨がふっても涼しくはならない。湿気が増して、むわっとした暑さに切り替わるだけ。
 アルミンは本当に優しくて、たまにもっと強引にしてもいいと思うほど私を大切にしてくれる。今だってそう。デートの途中で雨に降られたのはアルミンのせいじゃないのに、まるで自分が悪いみたいに謝ってくる。髪をふいていた手は、いまは首をぬぐってくれていた。

 夕立はすこし勢いが衰えて、大粒の雨が屋根を叩く音がはっきり聞こえてくる。通りかかる人は誰もいない。まるで世界にふたりきりみたいだと、アルミンの髪をふく手をとめて、すこし上にある綺麗な青いひとみを見つめた。



「ねえ、アルミン」
「なに?」
「こんなこと聞くのは馬鹿かもしれないけど、アルミンを信用していないわけじゃないんだけど、ミカサとかアニとか、なんとも思ってないんだよね?」



 アルミンは目を見開いて、それからくすくすと笑った。思わずというような、子供の寝言を聞いたような、悪意のない笑い声。わかってはいても思わずむっとしてしまう私を見て、アルミンは綺麗に笑った。かわいいでもなくかっこいいでもなく、ただ綺麗な笑顔は、拗ねた心をあっというまに浮上させてしまう。



「僕が好きなのは名前だけだよ」
「……うん」
「もちろんミカサやアニも好きだけど、それはエレンやベルトルトを好きというのと同じ感情だ。僕の恋人は、ひとりしかいないよ」
「うん。知ってる」



 ひねくれた返事を、アルミンは笑って受け入れる。乾いた首筋にぽたりと雫が落ちて、アルミンは私の頭をふく作業に戻った。白いタオルを頭のうえに乗せて、そうっと肩にかかる部分を伸ばしていく。綺麗なレースであれば花嫁のヴェールに見えたかもしれないそれの位置をすこしなおして、アルミンの顔が近付いてきた。



「目、閉じて」



 吐息がかかるほどの距離で低く甘くささやかれて、どろどろに溶け切った頭で目を閉じた。唇に熱がうつされて、とろりとした目でアルミンを見つめる。ふれあった腕からじんわりと熱が広がって、唇と胸からぽうっと愛しさがにじんでいく。
 アルミンはくちびるを離して満足そうに微笑んでから、なにかに気付いたように横を向いた。



「雨がやんでる。行こうか」
「うん」



 ふたりしかいない世界は終了だ。小鳥やかえるの鳴き声、窓を開ける音が聞こえてきて、世界は一気に日常を取り戻す。頭に乗せたタオルをどこか名残惜しそうに取って、アルミンは前を向いた。



「いつか本物を見られるまで我慢か」
「本物?」
「こっちの話。行こ」



 そのまっすぐ前を見つめる瞳が好きなのだと言ったら、アルミンは照れてそれを意識してしまうだろうから、私だけのお気に入りとして内緒にしておこう。いつか、彼が似合わない蝶ネクタイをするその日まで。


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