静かな空間には、図書館独特の古い本のにおいが漂っていた。かび臭いような古臭いような、それでいて館内は近代的。このアンバランスは嫌いではない。むしろ落ち着きさえする。

 シャープペンシルが動いて、真っ白なページに数式を書き出していく。すこし荒れた指が、そんなに強く握ったら疲れるんじゃないかと思うほどシャーペンを握りしめて、親指がぎゅっと丸くなる。いつも落ち着いている彼のそこだけが子供みたいで思わずくすりと笑うと、マルコが顔をあげて困ったように笑った。



「そんなにおかしい?」
「ううん、可愛かっただけ」



 マルコはますます困ったように笑う。怒りださないところが大人びていて、飽きっぽい私が子供のように思えてきた。
 気分転換を終えて、また宿題に取りかかる。マルコもまた紙を文字で埋める作業に戻って、自習室を静けさが支配した。

 私たちと同じく夏休みであろう学生は、涼しくて集中できる図書館にせっせと通っては受験勉強をしている。私たちはただ夏休みの宿題を片付けているなんだけど、遠くから見たら同じように見えるのだろう。



「ごめん、僕そろそろ行かなきゃ」
「私も帰るよ。お腹すいたし」
「そっか。じゃあ、また明日ね」
「うん、部活頑張ってね」



 手を振ったマルコは、少し急ぎながら図書館をあとにした。残されたのは、少しばかりおしゃれをした私だけ。
 マルコは午後から部活があるから、午前はこうして2人で勉強をするのが日課になっていた。そこでどこかに遊びに行かないのがマルコらしいと言えばマルコらしい。ジャンなんて目を見開いて「……それでいいのか? 本当にいいのか?」と聞いてきたのに。たぶん自分はミカサを誘うことすら出来ないのに、恋人同士でどこにでも行ける私たちが毎日図書館に通っているという事実に、なんでか打ちのめされそうになっているからだと思う。
 仕方ないじゃない、マルコは毎日部活があるんだから。遠くへ行けるはずもないし、図書館だって立派なデートスポットだし。座ったせいで変なしわが出来てしまったスカートが、夏の涼しさを感じさせない風になびいた。



・・・



 翌日、いつもの時間に待ち合わせをしたマルコは、いつものように図書館に入ろうとはしなかった。よく見れば、いつものように宿題や筆記用具を入れたかばんを持っていない。



「マルコ? どうしたの?」
「あの……じつは今日、部活は休みなんだ」
「そうなんだ」



 マルコは口を引き結んだまま、何か言いたそうに私を見た。マルコが言いよどむなんて珍しい。今日は勉強をしたくないという意見なら喜んで受け入れるんだけど、マルコはそれを口に出そうとはしなかった。もしかしていつものように宿題を持ってきた私への配慮なのだろうか。こんなの、マルコと一緒にいるための道具にすぎないのに。



「ねえ名前、夏休みの宿題を早く片付けたいって話、したよね?」
「うん」
「っていうのは、口実で。本当は、名前と一緒にいたかっただけなんだ」



 マルコのそばかすを浮かべた頬が赤くなっていく。マルコは自分のそばかすが好きじゃないみたいだけど、私は可愛いと思う。それを言うとすこし拗ねるから言わないけど。だってほら、そばかすのおかげで赤い頬がよくわかるもの。



「今日は部活もないし、僕とどこかに遊びに行きませんか?」
「……はい。喜んで」
「よかった」



 心底ほうっとしたようにため息をつく恋人は、すこしずれているところがあると思う。例えば、一緒にいる理由に宿題を使うとか。デートしようって言ってくれたら、宿題に誘われる以上に喜んで頷いたのに、マルコはそれに気付かない。けれどまあ、そこが可愛くもある。
 マルコは笑って私の手をとって、暑い日差しのなかを歩き始めた。どこに行くんだろう、マルコとふたりきりならどこでもいいけど。



「あと、ずっと言おうと思ってたんだけど、その服すごく可愛いよ。似合ってる」
「服だけ?」
「もちろん名前も」



 素早く人がいないのを見計らって、私の頬にキスが贈られる。奥手かと思ったら大胆で、可愛いと思ったらかっこいい。人を恋に溺れさせるのが得意な恋人は、おそらく私の好みの場所へ連れて行ってくれるのだろう。お礼にとこちらからも頬にキスすると、またそばかすが目立った。


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