GWの次の長期休みは夏休みである。実家を手伝うのが普通であるということは、つまりはハゲ先輩も家に帰るわけで。なるべく避けていたのについに捕まってしまった現実に、早くも打ちのめされそうだ。
昼休みにわざわざクラスまで来た先輩は、どーんと入口に立って退路をふさいでいた。いい加減はっきりきっぱり断らなければいけない。



「夏休みこそうちに来るよな?母ちゃんも楽しみにしてるべ」
「先輩のところには嫁げませんごめんなさい他をあたってください」
「なぬ!?」



大げさにのけぞる先輩は、たしかに悪い人ではない。しかしこうもねちっこいと女子に嫌われるのではないだろうか。あ、だから私のところに来たのか。



「なんでだ!?」
「なんか無理なんで」
「おうふ!」
「……名前ってなんでそう0から100にいくのかねえ……」



どこかでシノがつぶやく声がしたけど、それに構っている余裕はない。これ以上先輩に無駄な期待をさせないためにも、既成事実を作られないためにも、いい加減はっきりすっぱり断らなければいけないのだ。



「ゆ、結納金!200万用意できるかもしれないぞ!」
「うっ!」
「ちょっと名前!なんで負けてるのよ!」



だってお金ほしいし。喉から手が出るほどほしいし。だがここで負けてはいけない!たとえ200万もらえても!
くっ……200万……でも200万あれば、必死に働いているお兄ちゃんとお母さんも楽になる。私が出来ることは限られていて、とても少ない。



「すんません、ちょっといいっスか」



先輩と私のあいだに割って入るように声をかけたのは西川だった。いつもの飄々とした態度で、なんでもないように私の前に立つ。



「うちも結納金用意してるんで。200万」
「なんだと!?」
「え?」
「親が200万払ってでも名字を嫁にしたいって言ってるんです。ほかのとこに嫁がせたら俺がどつかれる」



急展開で頭がついていかないまま西川を見る。とりあえず頬をつねってみた。痛い。もしかして冗談なのかもしれないと疑う前に、西川が口を開いた。



「本気だぞ。あとでうちに電話するか?」
「え、あ、じゃあ」
「もう金は用意してる。苦しいから小遣いはそんなに出せねえし、休みもないけど。……それでも、いいなら」



西川の言葉が体に染み渡っていくのと同時に、勝手に涙がでた。結納金なんて言ってみたけど、本当はそんなものもらえないと思っていた。借金がある私なんて、誰も見向きもしてくれないと思ってた。



「でっ、でも私、借金まみれの家から出たいだけ、かもしれないし……うえっ、ひとりだけ、自分で稼いでないお金で借金を返そうとしてる、嫌な奴だよ。そこまでしてもらう価値、ない」
「いいから黙って嫁にこい。名前の事情もわかって、それでも嫁に欲しいんだから。それでいいだろ」
「西川……!」



目の前が歪んで見えない。鼻をすすりながら泣く耳が、先輩のため息をついた音を拾う。仕方ないというような声に顔をあげると、ちょっと引いた顔をされた。たしかにひどい顔してるだろうけど、そこまで引かなくてもいいじゃないの。



「んなら仕方ねえべ。母ちゃんには俺から言っとく」
「お願い、します。なんか無理だって伝えてください」
「そこはほかのやつに嫁ぐからでいいだろ。ほかにいい嫁候補いたら紹介してくれよ」
「あー……もしいたら、紹介します」
「おう」



片手をあげて教室をでていった先輩を見送って、鼻をすする。やっぱり悪い人じゃないんだよね、ただ目がぎらぎらしてるから怖かっただけで。
先輩が引いた顔なのに、西川は引いた素振りも見せずにタオルで涙をふいてくれた。牛にするようなそれに、くぐもった声を出す。



「西川ぁ……」
「なんだ」
「嫁にしてくれるの?」
「おう」
「私、嫌な奴だよ」
「そうか」
「それに相思相愛じゃなきゃ嫌だし」
「ふたりの努力次第だろ」
「西川は私のこと好きなの?」
「好きじゃなきゃ嫁にしない」



タオルが離れて、緊張してるような西川の顔が見えた。まさかの返答と、今さっきからまさかの展開に頭がついていかない。頬をつねってみる。痛い。



「でも名字も都合があるだろ。まだ婿も探すだろうし」
「え?」
「俺が名乗りをあげたから、ほかの奴も立候補してくるかもしんねえ。また1年後にでも返事を聞くべ」
「ん?」
「でも俺も、そこまで気が長いわけじゃねえから。ほら実習行く準備してこい」



西川に背を押されて、とりあえず自分の席に戻る。クラスメイトの視線が突き刺さった私を放って、西川はさっさとひとりだけ教室を出て行ってしまった。



「……名前ちゃん」
「なあに、恵ちゃん」



そのあとはもう、蜂の巣をつついたような騒ぎだった。もみくちゃにされて言いたい放題に言われて、へろへろになって畑に行く。一人だけ避難していた西川は男子の質問を躱しながらよろよろになった私に気付いて、ふっと笑いながら乱れた髪をなおしてくれた。それに女子のきゃあきゃあ言う声と、男子の野太い声が混ざる。
ええと……これは一体どういう状況なんだ?



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