精神攻撃がこんなにもつらいものだとは思わなかった。女子からの応援やからかいを含んだ視線に、何かあればすぐに西川とくっつけようとする団結力。男子の羨ましいという声と、自分たちも恋人を作ろうという結束力。
それらに耐えながら、昼休みにさっさとお弁当を食べて酪農科へ向かうことにした。酪農科には、西川と同室で、なおかつ断らない男という噂がたちつつある八軒という生徒がいるはずだ。ピザのときに少し見ただけだけど、たしか眼鏡をかけていたはず。
違う教室に行くのにすこし緊張しながらドアを開けて眼鏡を探すと、近くにいた男子が気付いて話しかけてきてくれた。



「あの……八軒くん、いますか?」
「おー。八軒、お客ー!女子!」



クラス中の目がざっと私に集まって、びくりと体が動いた。薄ぼんやりとしか覚えていなかった八軒が、首をかしげながらも来てくれたのを見上げる。眼鏡だし、ひょろいし、確かにこれは八軒だ。



「あの、いま時間ある?」
「あるけど……」
「ちょっといいかな。あの……ここじゃ、出来ない話なんだけど」



教室がどよめいたのを感じるが、西川の話をここで出来るわけもない。頷いてくれた八軒の前を歩いて、すこし離れた場所に行った。
人通りはあるけど、昼休みにあんまり遠い場所に行けるものでもない。なにしろここはエゾノーである。次の授業場所が遠いことが普通なのだ。



「あの、西川と同じクラスの名字名前なんだけど、突然ごめんね」
「名字……ああ、200万!」
「とりあえず誰を殴ればいいのかすごく悩んでるとこ」



誰だ、噂を広めたやつは。このぶんだと、一年は全員知ってそうだ。
頭を抱えたくなる事実はひとまず置いておいて、一番の悩みである西川のことを聞いてみることにした。クラスの人に相談したり聞いてみたり出来る雰囲気ではなく、もはや頼れるのは八軒しかいない。



「西川が私のこと何か言ったりとか、聞いたことある?」
「え?あ……ああ、あるな」
「ほ、ほんと!?どんなこと言ってた!?」



八軒は私をじっと見たあと、にやりと笑う。その顔を殴りたい気分になるが、いまは我慢だ。少なくとも情報を聞き出すまでは。
八軒はななめ上を見ながら、思い出すように言葉を紡いだ。



「農家に限った話じゃないけど、嫁いできてくれる人にはよくしたいって。だから結納金を渡すのも納得できるけど、お金で嫁を買うわけじゃないだろ?それにまだ家を継いだわけじゃないから自由にできるお金もない。だから色々難しいって話をしたことがあるんだ」
「それって私の話?」
「おう。別府が200万かって聞いたら頷いてた」
「私の名前は200万で固定か……!」



自分でも納得できてしまうあたりが悔しい。拳を握りしめていると、八軒がすこし照れたように頬をかきながら、ちらりと私を見た。初々しさがにじみ出て、確かに断らない男っぽいオーラが出ている。



「俺が思うだけなんだけどさ、200万で嫁にもらうとかじゃなくて……好きなやつが金で苦しんでるから助けたいって話じゃないのか?」
「え?」
「結婚したい相手が苦しんでて、それが金で解決できるなら力になるってことで……稼いだことのないやつが言っても説得力ないだろうけど」
「え、あ……」
「だから俺に聞かないで、きちんと西川に聞けよ」



八軒が時計を見て、教室に帰るように促す。あとについて歩きながら、八軒の言葉がぐるぐると回った。西川に聞けだなんて、そんな勇気があったら八軒のところに来てなんかない。西川は冗談を言ったりからかったりしてるわけじゃないんだろうけど、もし私が思っているのと違ったら落胆するのも事実だ。
酪農科まで戻ると、牛乳を飲んでいた駒場がドアから顔を出して失礼なことを吐いた。エゾノーの男には、基本的にデリカシーというものはない。



「200万か」
「名字です。どうしたの、そんな真剣な顔して」
「いや、名字が西川と八軒で二股してんのかと」
「そんなわけないでしょ!」



これはもう殴ってもいいはずだ。怒りをこめてお腹を殴るが、駒場は全然痛がらなかった。ぴんぴんしている巨体を睨むと、上からじろりと見られた。むかつく。



「西川のどこがいいんだよ」
「どこって……西川はすごく優しいんだよ。何度も助けてもらったし、最初からずっと気にかけてくれて、駒場の100倍は優しいんだからね!それにトラック動かしてるとき、すごくかっこいいんだから!あと漫画とか詳しくて、」



駒場がにやにやしながら後ろを指差す。話している最中なのにと思いながら振り返ると、西川がいた。時間が止まる。



「いっ……いつからそこに……」
「名字がここに来る前から。帰ってくんのが遅いから、柿本が迎えにいってやれって」
「あっ、ああ、そう」
「顔赤いべ」
「うっ!」
「まあ、あんがとな。これで2年は待てそうだわ」



西川の手が頭に乗って、優しくぽんぽんとなでられる。そのまま腕を引かれて、穴があったら入りたい気分のまま教室へと向かった。
後ろでうちのクラスのような悲鳴があがる。ああ、もう堆肥になりたい。



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