闇金おじさん///

「そう泣かないでくださいよ」

 室内電球の逆光を背負って男が笑う。口元の白い歯がちらりと見えたが、それが自分たちを食いつくそうとしている悪鬼羅刹の笑いにしか見えず、地面にうずくまる男たちは涙を流しながら顔を逸らした。額を地面にこすりつけて何度も何度も、許しを請う。その様子を見ながら「困りました」と顎に手を当てて黒髪の男が思案を繰り返していた。


◆ ◆ ◆


「我々は金貸しです。金を貸す。貸すというのは、返してもらわねばならない。しかし、あなた方は返す金を持たない。そうですね」
「は、はい゛ぃ」
「困りましたねぇ。えぇ、困りました」

 語りかけるには、まずゆったりとした口調を崩してはならない。特に、俺は顔が怖いらしい。穏やかに、決して声を荒げてはいけない。だが、舐められては元も子もないので言葉を緩めてはならない。

「私たちは金を返してもらいたい。貴方もまた、金を返さねばならない」
「ぅ、は、はい」
「……なぜ金をご用意できなかったのか、あなたはどうお考えですか?」

 ぇっ、と小さな困惑の声が足元から聞こえる。俺はじっと、その男を見つめる。決して顔をあげず、地面に額を当てながら「し、仕事が、なくて」とぼそぼそと答える男の前にしゃがみ込み、お互いの声がよく聞こえる距離を維持しながら、決して俺は彼を責め立てたりはしないように言葉を選ぶ。

「そうですよね。貴方は何社からも金を借りて、まともな仕事にはついていない。当然、金が必要だから金を借りる。その繰り返し……」

 目の前でうずくまる男の経歴など、その仔細が頭の中に入っていた。元はそれなりに普通に暮らしていた男だったが、ある日を境に人生を転落。その後就職もできず時間を浪費していたが、当然生活を維持するには金が必要で金を借りる。そして、たどり着くことろまでたどり着いてしまった、そんなありふれた成人男性。
 反論すら許されぬ男がうめき声を繰り返すのを聞きながら、俺は事実を積み重ねていく。この男にとって、今最も聞きたい事実を。

「貴方はあの日社会からはじき出され働く先を奪われてしまった」

 弾かれるように顔をあげた男に、俺は優しく驚かさないように微笑み続ける。

「金も次第に消え、時間だけが余ってしまった。どこへ行っても貴方を救う人はおらず、あなたはとうとう生きることさえ否定されようとした…… 人生に疲れ果てた貴方が、それでも生きるのには、金が必要だった」

 そこへ。我々は付け入るのだとわかっていただろうに。呆れないでもないが、おかげで儲けさせてもらっているのだから余計なことは言わない。だが、心の底から笑いそうになるのをこらえて、ただ一言彼へと宣告を続ける。

「あなたは悪くない」

 そう告げてやれば、男の目に浮かぶ色が次々へと移り変わる。
 混乱。困惑。不安。焦燥。恐怖。算段。理解。安心。そして、期待。
 次々に色の変わる瞳の、その素直さがいとおしい。

「どうです? なにも私も、鬼じゃありません。貴方が真剣に返済を考えるのでしたら…… 儲け話があるのですが」

 彼に拒否権などないことは承知の上で、俺は提案を投げかける。もちろん、彼が渋るのは想定の上。

「あぁ、そんなに怯えないでください。儲け話と言っても悪い話ではありません。私はただ、仕事の斡旋をしたいのです。貴方がきちんと返済できれば、そこから先の稼ぎは貴方のものですし…… 稼ぎも悪いわけではありません」

 そっと指を立ててやる。2本の指が持ち上がり、「2」と読み上げるのを聞きながら、「いいえ、200です」とそれを訂正する。

「200…?!」
「えぇ、毎月それだけの額があなたの懐に。私が立て替えた分を少しずつ徴収させていただいての金額ですが……」
「ま、待ってくれ!? 返済をしたうえで200万くれるのか!? そん、そんなうまい話……」
「えぇ。普通ではありえません。ですが、わかっておいででしょう。私共ならば、そういう仕事も斡旋できるのです。いかがですか? まずは、お話だけでも」

 怪しいといぶかしむ目線を受け止めながら、俺は仕事の話を切り出す。仕事の依頼を持ち込んできたのは懇意にしている医者だ。といっても、べつに臓器を売りさばいたりするわけではない。もっと高尚で、下衆な医者が相手だ。

「というわけで、個人医…… いわゆる闇医者なのですがね。手が足りないそうでして」
「…… そ、それで何をさせられるんですか…」
「ええと… 掃除洗濯家事全般の他、作業の手伝いスタッフ。事務的な内容から実地的な内容まで幅広く行える人材を希望します! ……だそうですよ」
「え? ほ、本当に?本当にそんな募集なんですか!? 月給200万ですよ!? そんな… そんなことが…」
「そんなことがあるんですねぇ。裏社会って、結構金は額がおかしいものですから。ま、ダメだったらまた別のお仕事をご紹介させていただきますし、まずは一度お勤めになられてはいかがですか」
「で、ですけど… 俺、あ、いや、わた、わたしはもう、その…」

 はらりはらりと紙をめくる。コピー用紙に無機質なゴシック体で書かれている内容は斡旋先の内容である。実際、男に告げた内容は間違っていない。意図的に伏せられている”手伝い”があるだけで。

「あなたに、できないのでしたら… 他のかたへ回しますのでご安心ください」

 そう告げてやると、ほら、また目の色が変わった。あの目はよぅく知っている目。

「私にやらせてくださいっ!!!」

 あの目は、金に眩んだ目。

「…えぇ、では、よろしくお願いしますね」

 この世で最も醜くて滑稽で、そして世界を作りつづけた凡俗にして崇高なその瞳。その瞳を見ながら、俺は口角を上げ嗤った。
 その瞳に、俺はどう写っていたのだろう。

◆ ◆ ◆

「なぁなぁ、さっきのどういうこと?」
「あぁ、ユキくんもご苦労様」

 隣の部屋で待機していたユキくんことザンセツが顔を覗かせて問いかけてくる。無事に調達できたと連絡をつけていた電話を終えて振り向くと、ザンセツが部屋に来てじっと俺をみていた。

「さっきの。ルディさんはあれで儲かるの?」
「あぁ…200万の? 彼なら三月もすれば死ぬでしょうけど… 儲かりましたよ」
「えっ?あの人死んじゃうの?」
「えぇ、死ぬだろうね」

 きょとと目を丸くしながら驚いたという風のザンセツが「…そうなんだぁ」と頷くのを見ながら、なにとなくその理由を伝える。

「依頼してきた医者は、臓器売買のようなことはしていない。実際、尻尾切りに使う相手も欲しがっていたし、そちらに使うかもしれない」
「うん?」
「ただ、まぁあの女がまた気が狂ってる女でして」
「あ、女の人なんだ」
「人体改造のようなものが趣味でね。恐らく材料にされるでしょう。その代わり、人で遊んでるから外科の真似事が上手くてねぇ…」
「ふぅん… それがなんで、るでさん儲かるの?」
「材料調達前金1000万。調達成功で一人につき500万。彼にはさらに500万が渡される予定だから、あの男一人で私のところには1700万かな? まぁ、それなりに儲かったんじゃない」
「……ふぅん」

 そうなんだ、とさして興味のある風ではないザンセツが頷いた。そうなんだよ、と頷くとき、思わず口許がにやけてしまう。ザンセツもまた微笑んだ。ザンセツ曰く、俺が楽しそうだと楽しいそうだ。何人も何人も狂わせてきた男の微笑みを見ながら、しかしと口を開く。

「だけど、ユキくんがくれた子たちの方がよほど人気だよ?」
「そうなの? …よくわかんないね」
「ふふ、あぁ、金持ちの考えることなんか俺にはわからないけど」

 ぽん、と音を立ててメールが届いた。件の女からで、ただ一言「ありがとう」と添えられている。振り込みもされたことだろう。

「さて、と… ユキくん焼き肉はいかが?」
「えっ! ほんと? 俺ねー、今日ね…牛肉の気分」
「いいねぇ、好きなだけ食べるといいよ」

 わーい、と無邪気に喜ぶザンセツを伴いながらまた別のところへと電話を掛ける。もしもし、これから二名。馴染みの店へ予約をいれながら、俺たちは部屋を出た。



◆ ◆ ◆
「闇金融」ルディ。
口から言葉を発するときは敬語混じりのかなりやさしめの話し方をするも、心の中の話し方はいつも通り。胡散臭い話し方といった感じ??
他人がどうなろうとも知ったところではないが、儲かるなら越したことはない。
ヤミ金よりもそのおまけの人材派遣が趣味なところがある。本人いわく「適材適所」。
拝金主義なところがわりとあるとおもう。守銭奴、といえば守銭奴。でも溜め込むのが趣味ではないので使うときはパーっと。

mae//tugi
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