忍びパロ///
■ご隠居:ルディ
30後半〜40くらい。
片足の腱が切られており、またもう片方も若干不自由なため隠居した。里に留まるようにと言われていたが無視して出てきている。里から離れた山奥で暮らしており、必要なものがあると麓の村に訪れていた。表向きは足の不自由な薬師ということになっている。
■世話役:ウェザーくん
20代くらい?若いイメージ。
現役の忍び。隠居とは同じ里の出身で、忍びとしては後輩にあたる。先輩が隠居すると聞いていたのにいつの間にか逃亡しているので追いかけてきた様子。「足悪くされたから隠居したはずなのに見当たらないんですが?!」
= = = = =
「誰だ」
ひたりと首に充てられた刃物は、ただの包丁だった。だが、良く研がれていたようでその切っ先は薄く皮膚を割く。首に、ぬるりとした感触が流れた。
「お、おれ、です」
「……ウェザー? なにをしに来たんだ」
「せん、先輩を探しに…」
ふむ、と逡巡した様子の先輩は刃をどける。素早い動きで俺のことを押し倒していた体もどかし、「すまんすまん」とからりと笑いながら茶の間へと戻っていく。足が悪いのはその時の歩き方ではっきりと分かった。特に片足は、完全に引きずっている。だがそれよりも目線が釘付けになるのは、畳の上に座り直してからこちらをみる先輩の表情だ。
思わずまじまじと見つめてしまう。笑った。あの先輩が。
「……2年くらいか? 久しぶりだなぁ」
よろりと体を起こし、その姿を何度も見直す。ゆるい着流しを着て、こちらをみながら緩く微笑んでいる。あぁ、うん。やっぱり笑ってる。そのことになんとなく衝撃を受けながら、茶の間へとつながる式台へと腰を下ろした。
***
2年前、先輩が引退をするというのは聞いた。
先輩は俺が忍になった時にはすでにかなり上位の人物で、何かと指導してくれていた人物で…… そう、指南役と言えばいいだろうか。最前線に赴くことも減り、里の円滑な運営に携わるようにもなっていた。
そんな人物だから里に残って俺たちの支援をしてくれるのだと思っていたが、ある日任務から帰ってきたら里は大混乱の真っただ中。話を聞けば先輩が里を抜けて姿をくらませたというのだから、いてもたってもいられず捜索に加わったのだ。……だが、さすがは指南役。あっという間に撒かれてしまい、行方が分からなくなったのだ。
里ではいまだに先輩の捜索は続けられているが、あくまで他の任務の合間程度なものであった。熱心に探している人物はおそらく自分くらいなもので、他の面々といえば「見つけたら殺しておくか」といった具合。見かけた、という情報もなく、あきらめていたのだが…… 運よく、自分の捜索の甲斐もありそれらしき人物の情報を得られたのだ。
急行した先は山の奥。林に囲まれた庵が一つひっそりと存在しており、確かに人の気配を感じた。敷地の中にはいくつか罠が置かれていたが、その罠を見ても誰が住んでいるかはわからない。致命的な罠が見当たらないことに首を傾げつつ、意を決して扉を開けた…… のだが、室内はぱっと見無人。おかしいなと思いつつ声をかけながら足を踏み入れた途端、自分は床に転がされていたというわけだ。
忍びはみな、素顔を隠す。自分を押し倒している男性が先輩だと判別できるのは、目つきが悪いと本人が気にしている赤い目だけだった。
一体どこに隠れていたのかだとか、全然元気じゃないかとか、というか本当にこの人足悪いのかとか、思うことはあったがさらりとした殺気の冷たさに喉元がひきつる。先輩らしき男性の誰何になんとか答えるのが精いっぱいだったが、俺の声を聴いてすぐにピンと来たのを最後に破顔して、殺気が消えたのだ。
そして冒頭へ。
***
「それで、こんな山奥まで逃亡した忍びを追いかけてきてどうするつもりなんだ?」
「あっ、えっと…… いえ、ただ、先輩が急にいなくなったので、探しに」
「……ん? というとお前、俺を殺しに来たわけではないのか。どうりで間抜けな忍びが来たなと思ったわけだ」
「どうして、急に里を抜けたんですか」
微笑みを浮かべる先輩。そうだなぁ、と顎に手を当ててから「んー」と声に出して考え事をしている姿。知らない姿だなぁとぼんやりと見ているしかできない。
俺が知っている先輩は、無表情な人物だった。淡々としていて、会話も必要最低限。怪我をしようと命の危機に晒されようとそれを悟られるような真似はしない。忍びらしいといえば忍びらしいが、赤い目以外に個を持たないのではないかと思うような人だった。
今目の前にいるのは本当に先輩だろうかと何度となく不安に思う。赤い目しか知らないし。いや、顔は一瞬だけ見たことあるから間違いというほど間違ってはいないはずなんだけど。
「どうして、里を抜けたのかだったな」
「……はい」
ふと顔をあげる。こちらを見ている赤い目と視線がかち合う。口元は隠れていて、笑っているのかどうかはわからない。その目を見ると「あぁ、やはり」とも思うのに。面影を見つけると、次の瞬間にからりとほほ笑むのでそれも霧散してしまう。
「嫌になった」
「へ?」
軽い様子で答えられる言葉が理解できず、聞き返す。
「だから、嫌になったんだ」
「い、嫌になった…?」
「あぁ。お前も知ってるだろう? 俺の脚はもうほとんど動かないし」
いや、その割にはやけに俊敏に俺のとこぶち倒しましたよね。とは言えないので黙っているが。はぁ、と曖昧な返事を返す。
「動けんといってるのに指南役はやらされるし、里の運用に書類整備だのなんだの…… わかるか?」
「ええと… それが普通では?」
「そうだな。それが普通だ。俺たちは忍びだからな」
はーぁ、と大きくため息を吐きながら先輩は肯定した。煙管を取り出し、刻みたばこを丸めて先端へ差し込む。火をともし、煙を大きく吸って吐き出した。ため息のように長く、じっくりと。そういう人らしい所作をできる人物だったのかと、また驚嘆させられながら。
「里は個を認めない。せいぜいあるとしたら、技の向き不向きによる種分けのみ」
「不満でしたか」
「ずっとな。そうは見えなかっただろう?」
「……その、今日お会いするまでは、まったく」
「それが俺の適正だった。平均的ではあったが、よくて器用貧乏。向きの不向きもないが、強いて言うなら理想的な忍び。故に、与えられたのが指南役だった。が、向いてなかったんだろうな」
「向いてなかったって… 先輩、が?」
「…… お前が、俺をどう思っていたのかは、わからんが…」
嫌になったんだ、とぼそともう一度先輩は繰り返した。
すぅ、と息を吸う音。紫煙を吐き出しながら、まぁ、いい。と先輩は話を切った。
「それでお前、このあとどうするんだ。俺の首でも持って帰るか? こんな山奥くんだりまで来て、手ぶらじゃ帰れんだろう。それに、お前嘘つくのも下手だし」
「うぐっ… 」
「……ははん? 考えてなかったな、さては」
「…………はい……」
会ってどうするつもりも、なにも考えていなかった。ただ、理由は聞きたかったと思う。里を抜けるような人物は多くはないし、大概の人間はその前に兆候を察知されて抜ける前に処理されるのが関の山。実際に目の前でのんびりとしてる先輩のような人物は稀だから… 物珍しさはあったのかもしれないなぁ、とくるくると考え込んでいると、先輩が「あ」と声をあげた。
「お前、村人に化けろ」
「へ? えっ、あっ!?」
外に人の気配を感じたのはその瞬間。気が抜けてしまっていたことに驚きつつ、指示通りに瞬時に変装を行う。ささっと服装を変え、忍びである見目を隠した瞬間にカラカラと入り口が開かれた。
「せんせー! おくすりー!」
「はいはい。妹の熱は引いたか?」
「きのうよりはよくなってたよ!」
「ふむ。なら強いのはやめておこう」
現れたのは小さな子供たちで、先輩は器用に片足で立ち上がり薬箱から薬草を取り出す。2、3の漢方を取り出して混ぜ込み、薄紙に包んで子供に持たせる。
「せんせー、このひとは…?」
「…あー、知り合い」
「せんせ、おともだちいたの!?」
きゃらきゃらと子供たちが笑いながら先輩の回りに群がる。「せんせ、おかし」と女児が先輩の膝に乗りながら手を出したり、先生先生と呼びながら背中にまとわりついている。
「あ、そういえば今日はお前がいるんだったな」
「へ?」
「あのお兄さん、見た目のわりに力持ちだから遊んでもらいなさい」
先輩がそう言うと、子供たちの視線は一斉に俺を向く。先輩の言葉には素直に従うところをみるに、先輩は行方をくらましていた二年のうちにすっかりと麓の村とは打ち解けているようだ。
…などと思ってるうちに、子供たちは立ち上がり、飛びかかってくる。どうすれば、と内心動揺しつつも視線を送ると「肩車でもしてやってくれ」と前後から子供にひっつかれてる先輩がいう。
よし、と気合いをいれて子供の手をつかむ。柔らかくて温かな手に揉みくちゃにされながら、あれよあれよと外へ向かった。
肩車をしたり、おんぶをしたり、子供たちに散々振り回されて、室内に戻れたのは夕方のこと。昼間にたどり着いたはずの庵のまわるはすっかり暗くなり始めていた。
子供たちを入り口に立って見送る先輩をみて、なんとなく、先輩が里を抜けた理由がわかったような気がする。
「それで?」
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、先輩は俺に聞いた。室内に戻ろうと一歩足を出したものの、力が抜けたのかかくんと転びかけた先輩を支えながら、「先輩、一人で大変ではないですか」と言葉が出た。
「…すまんな。ご覧の有り様でな」
「子供たちにも、負けてましたもんね」
「元気だからなぁ。麓まで行くのも一苦労だから、ああして手の空いた子達が薬を取りに来るんだ。たまに使いもやってくれるが… ま、不便は不便だな」
式台に腰掛けながら履き物を脱いだあと、手と腕のみで体を滑らせる。慣れてるのだと、それだけでわかった。その事実に、どことなく胸が苦しい、気がした。
先輩の目がこちらを見た。もう夜になる。帰るのか、決めなければならなかった。
「俺、ここに住みます」
「苦労するぞ」
「知ってます。でも、帰りません」
そうか、と先輩は小さくつぶやいた。目を軽く伏せて、しばし沈黙した後に「じゃあ、色々と覚えてもらうとしよう」と先輩はいった。
「なんでも、任せてくださいよ」
「じゃあ布団敷いて、茶入れてくれ」
「……わ、わかりましたっ!」
先輩が矢継ぎ早に部屋の中のあれこれを教えてくれる。布団と茶筒の場所を聞きながら、押入れへと向かう。人生における大事な決断をしたはずなのだが、不思議と後悔や不安といった感情は無いように思えた。
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■ご隠居とお世話役
「ねーねー、せんせーのおせわやくのお兄ちゃん」
「うん?」
「せんせーのことセンパイって呼んでるけど、なんでぇ?」
「えっ、あー、えーと… 昔仕事で色々…… 教えてもらって…」
「…っていうことがありまして」
「もう先輩でもないしなァ。また聞かれてもボロが出そうだからな… よし、今日から俺のことは隠居爺とでも呼ぶといい」
「……普通に御隠居と呼ばせていただきます」
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メモおわり
mae/◎/tugi