【2】アカイ モミジ///

 部屋の中でうずくまっているのをだれが気に止めるというのだろう。あかりというあかりが全て消された部屋は雨戸もカーテンも締め切られ外のあかりが一筋さえも入り込むことがない。この部屋を訪れる人物がいたとしたら、その人物はおそらく部屋はおろか自分の足も手も暗闇の中で見失うことだろう。そんな部屋の中だ。当然、そこで死んだように転がっている人物に気が付けるはずもない。
 もっとも、この部屋にくる人物など誰もいないのだが。

 冷たいフローリングに頬を当てたままうすらと目を開いている彼の名前は赤井もみじ。かの赤井財団でそれなりの地位と仕事をしているやや童顔だがとうに成人している男である。
 もみじはぼんやりと部屋の中を視界に移していた。外はおそらく夜だろう。近隣からの賑やかな物音がひとつも聞こえないし、足音も話し声も扉を開閉する音もテレビの声も何も聞こえない。強いて言うなら、遠くを通っていく車の音となんとなく聞こえる気がする虫の声と犬猫の鳴き声くらい。静かといって差し支えのない穏やかな夜の音。それから、瞼にそっとのしかかってくる睡魔にもにた重さがいまが夜半であることを彼のからだに告げていた。
 星あかりは見えない。月のあかりさえも入ってこない。窓が全て塞がれているのだから当然だった。漆黒に部屋を浸したかのような世界の中で、だが彼の慣れた目は部屋の中をうっすらと識別し始めていた。そもそも、自分が住んでいる自室である。ある程度の家具の配置などはもともと覚えてしまっているし、暗いといっても多少行動するには差し支えがない。

 だが、もみじは床に伏せたまま動かなかった。頭を守るために姿勢を低くしたりしているわけではない。床で寝るような趣味があるわけでもない。ただ、動けなかったのだ。理由もなく床に横たわって、そのまま動けなくなった。仕事を終えて、作戦の指揮を行っていた上司へと連絡を済ませてここでやるべきことは全て完了してしまった。だからだろうか。それまで気にしていなかった疲れにでも襲われたのか、彼はずるずると床に膝をついて、腕をついて、腹をつけて、頬をつけたまま動けなくなった。

 外から戻ってきた時のままの格好で、服を脱ぐことさえ億劫でそのまま。そのままで、どれくらい時間が経過したのかもわからない。床板が綺麗なわけでもないが、よほど汚いわけでもない。からだが少し軋んだ気がしたが、起き上がるにはまだ体が重たかった。体が床に張り付いてしまったのだろうかと手に力を込めて持ち上げればすんなりと持ち上がる。単に起き上がりたくないだけだった。

 重たくなってきた瞼を訪れた眠気の波に流すように目を閉じていく。ふと、妹の世話をしなければならないことを思い出して一度、ぱちと目を覚まし、暗い部屋に現状を思い知らされて「そうだった」と納得をこぼした。

 彼女はいま、いないのだった。

 目を閉じながらよぎっていく思い出のような、現実と夢の狭間でふわふわと景色を眺めながら、今はひとりきりなのだったと安堵の息をつく。
 ふぅと細く吐き出された息は今際の呼吸のようにさえ思えるものだった。だが、それを聴く者もいない。もはや抗う気がわきもしない眠気に身を任せてもみじは今度こそ眠りに就いた。
 冷たくて硬い床ではうなされるかも知れない。だが、冷たくて柔らかな布団でも、魘されるような気がした。その理由を考えることもなくもみじの意識はまどろみに溶けて消えていった。

 それが寂しいからだと教えてくれる人もいなかった。

mae//tugi
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